冬将軍

夕食も終えた奴良邸の居間で、テレビを見ながら何人かの妖怪が寛いでいた。
お天気ニュースキャスターが、可愛らしいイラストを交えた天気図を前に、ここ最近の急激な冷え込みについて熱弁をふるっている。

「ふぅ~~~ん。おい雪ん子、まさかお前の仕業じゃねぇだろうな。」
「そんな訳無いでしょう。何バカな事言ってんのよ牛頭丸。」

又始まった・・・と馬頭丸と首無、そして毛倡妓が顔を合わせる。

「だろうな。お前みたいに弱っちいのが、こんな大掛かりな事できる訳ねぇか。」
「ぐ・・・」

バリボリと煎餅を食べながら、つららの方を向く事も無くつまらなそうにテレビを見続ける牛頭丸。
そんな牛頭丸を金色の瞳で睨みつけた所で、怯むどころか喜ばせるだけだという事を、つらら以外の全員が知っていた。

「まったく、ガキじゃあるまいし、あんな事ででしか気を引けないのかしらね。」
「毛倡妓、あいつはあれでも我々よりも・・・いやそれどころか2代目より年上だよ。」
「本当に!?」
「ああ。なんせ奴良組傘下に入った時には、既に居たらしいからな。」
「はぁ~~~~、あれで。」

毛倡妓が呆れるのも無理はない。
好きな相手をからかって、気を引く。そんな小学生男子がやりそうな歪んだ求愛行動を、牛頭丸は奴良組預かりとなってから、幾度となくつららに対して繰り返しているからだ。
今では奴良組の名物となっているほどで、その言葉づかいも相まって、牛頭丸は若い妖怪にしか見えない。

「ボクも似たような年だし、それが牛頭丸とボクの妖怪としての性質ってもんだよ。」
「そういうものかねぇ。」

妖怪の性質、と言われては返す言葉も無い。
それでも毛倡妓は、こうしている間も続いている牛頭丸とつららの口喧嘩を見て、ふぅっと溜息を吐くと立ち上がった。

「何処に行くんだい?」
「若の所。」
「おいおい、本物の喧嘩にする気か?」

首無が驚くのも無理はない。
牛頭丸とつららが口喧嘩をしている所に偶然リクオが現れると、リクオまで巻き込んだ大騒動に発展してしまう事があるからだ。
昼のリクオであれば、つららが暴走して吹雪で周辺に被害を撒き散らすか、その前に牛頭丸が逃げる。確率は後半の方がずっと高いので、まだいい。
だが夜のリクオであれば、良くてつららの暴走。大抵は牛頭丸とリクオの『稽古』と称した喧嘩が始まってしまう事が多い。

「そのほうがマシよ。誰が落ち込んだりイラついたりしているあの娘を宥めていると思っているの?」
「リクオ様じゃないのか?」

意外そうな顔をして首無が驚く。
あのリクオ様がそういう機会を逃すなんて、やはりまだまだ若いな。などと不遜な事を考えたりした事は、もちろん表には出さずに。

「現場を見た時はね。でもそうでない時は、雪女は若に余計な心配は掛けさせたくないって、我慢するのよね。」
「ははぁ、それで料理の時にとばっちりが来ると。」
「そう言う事。」

それじゃあ仕方が無いと、首無は早く呼んでくるようにと毛倡妓を送り出す。
まだ口喧嘩の続いていた二人をふと見ると、なんだか良く解らない話へと展開していた。

「ほれ見ろ、これがお前に対する世間一般のイメージだよ!」

そう言いながら牛頭丸が指差す先は、液晶テレビに映ったN○K天気番組の『冬将軍』。

「そういうあなたは、影も形も無いじゃない!」
「んだとぅ!この髭じじい!」
「存在感ゼロよりマシよ!」

冬将軍に例えられる所は否定しないんだ。と呆れかえる首無。
しかし、事情を知らない者が見たら、痴話喧嘩に見えない事も無いこの状況では、若が怒るのも無理はないな、と首無は溜息をついた。
言葉の端々や表情を良く見れば、楽しんでいるのは一方だけで、もう一方は本気で嫌がっている事ぐらい判るものなのに、とも思う。
とりあえず、間もなくやってくるであろうリクオとの間で起こるであろう『稽古』の被害を少しでも抑えるために、首無は二人の間に割って入る事にした。

「いい加減にしないか、二人とも。雪女、もう少し自分を抑えたらどうだ。」

本家預かりとはいえ牛鬼組の若頭を叱る訳にもいかないのだから、首無しにはつららを抑えるしか手が無い。
もっともつららにとっては、自分を不当に扱われたようにしか感じないわけで、頬を膨らませながら首無に抗議した。

「聞いてなかったの首無!こいつが先に仕掛けてきたのよ!」
「何言ってんだ。世間話しただけだろうが。」

つららもかなり興奮状態になっており、もうちょっとで暴走しだすかもな、と首無は冷静に分析する。

「だいたいこのキャラクターの中で例えるなら、雪女は『春ちゃん』の方だろう?」

首無としては、女の子が可愛らしいキャラクターに例えられれば、喜ばないはずが無い。という考えのもとに話したつもりだったのだが、つららの返事は予想とは全く違うものだった。

「なんて事言うのよ首無!雪女である私を春扱いするなんて屈辱だわ!!」
「え?いやそういうつもりじゃ・・・」
「ハハッ!ざまぁねぇな、雪ん子。お前はただのマスコットだとよ!」
「く、首無まで私の事馬鹿にするなんて・・・!!」

つららがその瞳に涙を溜め、プルプルと震えだす。
まずい、と首無は慌ててつららを抱き寄せると、つららの頭を撫でて落ち着かせようとした。

「雪女、済まない、落ち着いてくれ。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。」
「く、首無!?」
「なっ!!」

咄嗟に女性を宥めるためによく使う手を使ってしまった首無は、自分を睨みつけ舌打ちする牛頭丸を見て、ハッと我に帰る。
自分の今の状況を良く良く考えれば、つららの腰に手をまわしてしっかりと抱きよせ、その顔を自分の胸元に埋めさせて頭を優しく撫でている。
つららはというと、咄嗟の事に茫然となって、抵抗もせずに抱き寄せられたままとなっており、先ほどまでの興奮の為に赤くなっていた頬が、まるで抱き寄せられた事に照れているようにも見える。

(まずいっ!)

自分の置かれた状況がいかに危険なものかを認識すると同時に、身の毛のよだつような畏れを感じた。

「おい、てめぇ何してんだ。」
「へぇ・・・私が居ない間に、随分と楽しんでいるようね。」

首無が恐る恐る畏れの発する方に目を向けると、そこには夜の姿をしたリクオと、長い髪をザワめかせている毛倡妓がいた。
二人の全身からは、これでもかというほどの畏れがほとばしっている。

「いや、これはですねリクオ様・・・」
「リ、リクオ様!?」

言い訳をしようとした首無の声を遮るように、赤かった顔を更に耳まで真っ赤にさせたつららが、きゃあと叫びながら首無の懐の中で体をよじった。
つららにしてみれば、腰に手を回されて身動きが取れない状況で、なんとかとっさにリクオから姿を隠そうとしただけに過ぎない。
が、傍から見れば、覗き見されて恥ずかしがり、首無の懐の中に隠れたようにしか見えなかった。

「つららっ、そんなことをしたら誤解されるじゃ・・・」
「おぅ、首無。ちょっとツラ貸せ。」
「・・・あんたたち、そんな仲だった訳?」

ザワザワザワ

そんなつららの仕草と、そして首無が『つらら』と名前を言った事に、リクオと毛倡妓の理性がついにキレた。

(こ、殺される!)

その夜、首無とつららの悲鳴が、奴良邸にこだましたという。

 

 


季節外れの寒気のニュースを見て思いついたネタを、書きなぐったものです。
首無はリクオと毛倡妓の二人に、つららは毛倡妓に締め上げられた、と言ったところでしょうか。
たしか首無はつららの事を名前で呼んだ事があったと思うのですが、記憶違いでしたら済みません。
しかし、当初の予定では牛頭丸が酷い目にあうはずだったのに、首無となぜかつららまでもが酷い目にあってしまいました。
リクつら風味の、牛頭丸・首無・夜リク→つらら、といった所でしょうか?あ、首無は違うか(笑)。

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