それぞれの連絡帳

「トサカ丸、本当にこれだけか?」

奴良邸の屋根の上で、トサカ丸とささ美が当番交代の為の連絡ノートの交換とチェックを行っていた。
ささ美が呆れたように示した一昨日の日付の書かれたページには、ほんの2行しか文字が書かれていない。

 


8月●日 

今日もリクオ様は学校で『良い人』として励んでおられた。
さらに夜には雪女の部屋で『畏れ』に耐える特訓をされており、実に頼もしい限りだ。

 


いつもこの調子であることに、ささ美の堪忍袋がついに切れ問い詰めた、という訳だ。

「簡潔で良いだろう?」
「簡潔すぎだ。」

『何時もと変わりないって事だから、別にいいじゃんか。』とトサカ丸は顔を横に向けボソリと呟く。
それをしっかり聞きつけたささ美が、何をふざけた事をと錫杖を振り上る。

「具体的な所が全くないではないか。
 体調についても何も書かれていないし、これではわざわざ連絡ノートを作る意味が無い。」
「なんだよ、体調って。そんなもんまで書く日必要ねぇだろ。
 リクオ様は病人でも老人でもねぇンだ、お前のがやり過ぎなんだよ。
 第一なんだこの形式ばった書き方は。」

そう言ってバサリと広げたページには、ささ美の書いた報告が書かれていた。

 

 

8月○日 ◎

朝  kt=正常 寝不足気味 熱帯夜が続いている。要注意。

朝食 主10副10 食欲があるうちは大丈夫だろう。

午前 N

昼食 主10副10 屋敷でも雪女のご飯しか食べなくなっている。この暑さでは当然か。

午後 外出 御学友と図書館にて勉強。雪女も同席。
   
夕食 主10副10 青田坊に食欲無し。外での護衛の為?

夜  寝るまで雪女と同室。無事、雪女を部屋まで送り届ける。

メモ 青田坊は、明日の護衛に支障をきたす可能性あり。
   明日は『登校日』で学校へ行かれる。熱中症対策を忘れない事。

 


「このkt=って何だよ。変な記号使うなって。」
「それは『体温』だ。」
「いつ測ってんだよ。それに測ったんなら温度書けばいいだろ。」

確かに、普通は『正常』と書く事など無く、トサカ丸の言う事はもっともなのだが、ささ美は『フン』と鼻を鳴らすと当然の事のように言い放った。

「雪女が熱がっていなかったからな。」

は?とトサカ丸は一瞬耳を疑った。
冗談・・・をささ美が言うはずもない。
いやしかし、冗談以外の何物にも聞こえないのだが・・・とトサカ丸は茫然とささ美を見る。

「いや、それは40度以上の高熱の時だけだろ?」
「なんだ、解らないのか?40度以下だろうが、熱が出ていれば雪女が騒ぎ立てる。
 それを見て判断すればいい。」

そういうもんか?とトサカ丸はアングリと口を開け呆れかえりつつ、いつもの朝の様子を思い浮かべる。

・・・そういや、昔のように雪女がリクオ様を起こすようになったっけ。
反抗期の時は、起きるのも自力でと、目覚まし時計を使われてたからなぁ・・・。
でも着替えの時は、雪女を追い出していたはず。リクオ様も思春期って事か。

つい感慨にふけっていると、ささ美がノートをトサカ丸に突き出してきた。

「私と同じように書けとは言わないが、もっと色々と書く事があるだろう。
 お前なりの視点で書いてくれれば十分だから、再提出してくれ。」
「はいはい、分かったよ。」

やれやれ、兄貴もささ美も、ほんと堅物で困る。
そう思いながら、トサカ丸は『夕方までに書き足しておくから』と自分の連絡ノートを受け取り懐にしまうと、自室へと戻っていった。

 

「色々と…ねぇ。」

自室に戻り机に向かったトサカ丸は、ふむ、と顎に手をやり何やら考えると、ニヤリと笑い、筆を取った。

 

 

そして夜・・・

 


「トサカ丸!なんだこれは!」

スパーンと襖を開けて、3羽烏の居室にささ美が飛び込んで来た。

「騒がしいぞ、ささ美。トサカ丸なら出かけている。
 大方飲みに行ったのだろう。」
「く・・・あ、あいつめ!」

息を切らし拳を振り上げフルフルと震えるささ美を、何事だろうと、黒羽丸はゆっくりと茶を啜りながら眺めた。
ささ美は落ち着き払った黒羽丸の目の前にトサカ丸の連絡ノートを叩きつけ、最も新しいページに書かれた文章を指さした。

「兄上、これを見て下さい。トサカ丸の奴、こんな事を書いて・・・!」

どれどれと黒羽丸はそのノートを手に取り目を通す。
そのページには・・・

 

 

8月●日

今日も嫌なぐらい良い天気だ。
何でこんな日に登校日があるかね。嫌がらせとしか思えない。

猛暑日だからと雪女の護衛を止めた兄貴が、氷漬けにされてしまっていた。
親切心でやってんのに、女って怖いね。その女心が分からない兄貴にも困りもんだが。
ま、リクオ様の言葉一つで、結局雪女は屋敷で留守番だったけどな。

兄貴を融かしてもらう為、雪女のご機嫌取りにお弁当を届けてやったら、リクオ様も随分と喜ばれていた。
やれやれ、兄貴もほんと、世話が焼ける。もう少し上手くやれないのかね。
ささ美といい、融通が利かな過ぎると結婚出来ねぇぞ。


その後は何時も通り。
『良い人』だとリクオ様が思い込んでいる事をされ続けていた。
あれ、絶対違うよなぁ。

 

リクオ様の大胆な行動には度肝を抜かされることがある。
雪女に『体が重い』って、そりゃ禁句だって。
しかし、思春期ってのはめんどくさいね、そんな事で騒ぐなんて。

 

 


読み終わると同時に、黒羽丸は顔を青ざめさせながらバサリとノートを落した。

「と・・と・・と・・・トサカ丸~~~~~!!」

その日、黒羽丸の大音声と共に、二羽の烏が闇夜へと飛び立っていったという。


end

 


今更な3万Hitリクエスト作品です。
はぁ~~~~、これでようやく終わりですね。

中身は冬なのに夏ネタで済みません。なんとなく思い付いてしまって・・・
黒羽丸もささ美も、トサカ丸のぼやきが『ふざけている』と怒った訳ですね。
さらに黒羽丸はささ美に関する記述に対して、ささ美は黒羽丸に対する記述に対しても怒っているという感じで。
仲良し3羽烏ですから(^^)。

もちろんトサカ丸は確信犯。楽しんでいます。
なんとなくリクオに似たものを感じますが、リクオと違う所は誤魔化しきれない所。
きっと、後でキツ~~イお仕置きを受けている事でしょう(笑)。


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