雪女to特訓!

ここは奴良邸の中でも最も日当たりの悪い部屋。
これが人間の屋敷ならば居室に使わないであろうその部屋も、そこは妖怪屋敷である為か、『陰の気がこもり易いから』とか『暑くならなくて済むから』とか、そういった理由でけっこう人気のある部屋となっている。

その部屋を一人占めしている側近頭であるつららは、今日のお勤めを終えた後の『自分へのご褒美』として、お手製のかき氷を自室で美味しそうに食べていた。

「おい、つらら。入るぞ。」
「え?リクオ様?」

つららの承諾の返事を聞くよりも早く襖が乱暴にガラリと開け放たれると、ズカズカと遠慮ない足取りで奴良組3代目であるリクオが、驚くつららの目の前まで歩み寄ってきた。

「どうされました、リクオ様。」
「おい、つらら。」
「は、はい、リクオ様。」

リクオは腰を屈めつららの手を取ると、問答無用の強い眼差しでつららを睨みつける。
その様子に、もしかしたら何か粗相でもあったのかと、つららは気が動転してぐるぐると目を回すばかりであった。

「今から風呂に入るぞ。」
「・・・へ?」


奴良組の風呂場は、夜遅くなったからといってお湯を抜く事はない。
様々な生活リズムを持つ妖怪達が住まうので、定期的にお湯の入れ替えと同時に掃除はするものの、それ以外の時間は常にお湯が張ってある。

だから、今からお風呂に入る事は可能な事は可能なのだが・・・

「風呂に入るって言ってんだ。そら、行くぞ。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。」

ぐいっとつららの手を引っ張って強引に立ち上がらせたリクオに、つららは何を言い出すのだと空いた手でリクオの腕を掴んで拒否の意思を現す。

「なんだ、前に約束しただろ。一緒にお風呂に入るって。」
「いったい何時の話ですか。第一こんな時間に水風呂に入ったら、風邪を引いてしまいますよ。」

そういえば京都での戦いの最中、そんな約束をしたような気もする。
水着姿とはいえ、リクオと一緒にお風呂に入るという事にかなり抵抗したのだが、結局1度だけ一緒に入った事があった。

その時は緊張しすぎたつららが冷気を抑えきれず、リクオを氷漬けにしてしまったものだ。

その為二度と水風呂特訓は行わなくなったのだが・・・何故急にこの話が振り帰ったのか、つららには理解できなかった。

「誰が水風呂に入るって言った。普通の風呂だよ。」
「へぇぇぇえ!?無理です!私、溶けてしまいますよ!?」

自分の限界温度が40℃であることを主はよく知っているはずだ。
なにせ食事の支度にせよ、夏の灼熱地獄にせよ、リクオはお節介なほどに自分を心配してくれているのだから。
なのに何故このような、自分にとって自殺行為ともいえる事を言い出すのかと、つららは自分の耳を疑った。

「こいつを見ろ、つらら。」
「これは・・・『ぬらりひょんの孫17巻』?これが何か?」
「このページだ、ここ。」
「はぁ・・・」

言われるままにリクオの指し示すページを読むと・・・つららの顔がサァっと青くなった。

「こ、これはその・・・わ、私には無理です。ほら、個人差とかいうやつでして・・・。」
「ほう?つらら、いつの間にそんな便利な言葉覚えた?」

リクオは眉を吊り上げながら、責めるような視線をつららに浴びせる。
その視線に怯んだつららの目の前にリクオはもう一度漫画を広げると、先ほどと同じ箇所を指さした。

「そ、そんな事言われても、無理なものは無理です。」
「何言ってんだ。冷麗に出来るんだ。特訓すればお前にだって出来るはずだろ?
 それとも何か?俺の前じゃいつもお姉さんぶっているくせに、実は牛頭丸が言ってたようにまだまだ雪ん子だったのかい?」
「ななな、何を言っているんですかリクオ様!私はれっきとした大人の雪女ですよ!それぐらい特訓すれば出来るに決まって・・・ハッ!」

まるでせせら笑うかのようにニヤリと口元を歪めるリクオに、流石のつららもついにキレてしまった。
もしかしたら、牛頭丸にさんざん言われた『雪ん子』というキーワードに、条件反射的に血が上ってしまったのかもしれない。
もちろんそれはリクオの予想通りだったわけで、イタズラが上手くいった時のように喉でクックッと笑いながら、リクオはつららの目を正面から見据えた。

「そうだよな、『大人』なら出来るはずだよな?」
「うっ・・・。」

リクオの挑発に思わず乗ってしまった事をつららは大いに後悔したが、もはや後の祭りというものだ。
こうなってはもう特訓せざるを得ないだろう。
つららは漫画に書かれていた、冷麗の余計な一言を心の中で恨んだ。

そこにはこう書かれていた。

『畏れを調節すれば温泉にだって入れるわ。』

 

きっと、温かいお風呂に入れるようになるまで特訓は続くだろう。
そして上手くいかなければ、何時までも自分だけが裸同然の格好を主の前に晒し続ける羽目になり、そして上手く行ったらいったで、きっとこの主は『これで一緒に風呂に入れるな。』などととんでもない事を言い放ち、あらゆる手を尽くして実行に移そうとするに違いない。

一体どこで教育方針を間違えたのだろうと、つららは軽く眩暈を感じ頭を押さえる。
いや、相手はあのぬらりひょんの血を引いているのだ。
間違えなくとも、きっとこういう性質になっていたのだろう。
そう思うと、つららはさらに強い眩暈を感じ、そして深いため息を付いたのだった。


end

 


久しぶりに書いた作品がリクオ様御乱心というのも何ですが、お楽しみいただけたでしょうか。
原作を見ていても、きっとリクオの変態性は血によるものだと、つくづく思います(笑)。

やはりコミックス17巻の『いつかはつららも温泉に入れるようになる』と期待を膨らませてくれる妖怪脳の回答に、色々と刺激されてしまいました(^^)。
17巻の事を出さずに、冷麗との会話から今回の話と同じ流れになる、という方が良かったのかもしれませんが、コミカルな方が好きだという事もあり、自分達の出ている漫画のコミックスを手に取るという楽屋ネタになりました。

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