自室の廊下側の縁側に座って、リクオが夜空を眺めている。
そこにパタパタパタ、と足音を鳴らしながら、つららがやってきた。
つらら「リクオ様、そんな所にいては、お風邪を召しますよ。」
ふわっ、とリクオに丹前が掛けられる。
リクオ「ん、ありがとう、つらら。
ほら、見てごらん。月が綺麗だよ。」
つらら「あら、本当ですね。」
そう言いながら、つららはリクオの隣・・・よりは少し距離を置いて、腰掛けた。
リクオ「なんで離れて座るの?」
そんなつららに、リクオは不満げな顔をしながら問いかける。
つらら「いえ・・・冬の夜に私と隣り合わせては、さすがに若の体が冷え切ってしまいます。」
リクオ「なんだ、そんな事か。」
リクオはクスリと笑うと、自分の体を座ったまま横ずらしして、つららとの距離を詰めた。
つらら「リ、リクオ様!?私の言った事が聞こえなかったのですか!?」
リクオ「聞こえてるよ。」
リクオは笑いながらそう言うと、逃げようとするつららの肩を掴んで引き寄せる。
つらら「で、ですから、そんなことをすれば・・・」
リクオ「大丈夫だって。
ちゃんと使い捨てカイロをポケットに入れているから。」
つらら「・・・・・・・・・・」
リクオが両脇のポケットから使い捨てカイロを出し、それをぷらぷらと揺らしているのを、つららが凝視している。
つらら「ヒ、ヒィイイイ~~~~!と、溶け・・・」
リクオ「あ!ごめんつらら!つららには熱過ぎるんだったよね!!」
軽いパニック状態に陥ったつららを見て、リクオは慌てて元のポケットに使い捨てカイロを戻す。
それでもつららは手足をばたつかせ、そのままバランスを崩し縁側から転げ落ちそうになった。
リクオ「危ない!つらら!」
つらら「ヒィア!!」
リクオが抱きついて落ちるのを止めたのだが、つららは体をビクリと震わせて、さらに怯えている。
リクオ「本当にごめん、つらら。
もう大丈夫だから、そんなに怯えないで。」
つららが自分に怯えてしまっているように感じたリクオは、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
リクオ「ほら、つらら、落ち着いて。
使い捨てカイロはポケットの中だし、つららの持ってきてくれた丹前も着ているから、
つららにまで熱が行く事なんて無いよ。
だからもう怯えないで。」
リクオは泣きそうな顔をしながら、ぎゅっとつららを抱きしめる。
少しの間、つららは震えていたが、だんだんと落ち着きを取り戻していった。
震えが完全に止まってからも、二人はしばらくそのままの体勢でいた。
つらら「リクオ様・・・取り乱してしまい、申し訳ありません。」
やがてつららはリクオの懐から体を離すと、姿勢を正してリクオに深々と謝る。
リクオ「何言ってるの!謝るのは僕の方だよ!
つららが熱に弱いの知っているのに、あんな事しちゃって!」
リクオは慌ててつららの両肩を掴み、顔をあげさせる。
そしてリクオは頭を下げ、つららに謝った。
リクオ「本当にゴメン。もう二度とこんな事しないから。
使い捨てカイロ使うのも止めるよ。つららを怖がら・・」
つらら「それは駄目です!」
リクオの謝罪の言葉を、つららが凛とした声で遮る。
つらら「カイロを使わなければ、リクオ様のお体に障ります。
ですから、今後も必ず使ってください。」
リクオ「でもそれじゃあつららを・・・」
この後何度も『使って下さい』『使わない』の問答を繰り返し、
あくまで考えを変えようとしないリクオに、ついにつららがキレた。
つらら「いいから使いなさい!まったくもう聞き分けの無い!
だいたい使わなかったら、どうやってこうして一緒に居られるというの!!」
興奮したつららの強い言葉に圧倒され、リクオは頷く事しか出来ない。
それを見て落ち着いたつららは、庭の方に体の向きを変えると、夜空に顔を向けた。
つらら「ところでリクオ様、どうして月をご覧になっていたのですか?」
リクオ「ん?ああ、ほら、今月2回目の満月だろ?珍しいなって。」
つらら「そうですね・・・」
リクオとつららは、二人揃って満月に顔を向ける。
リクオ「つらら、知ってる?同じ月の2回目の満月のことを・・・」
つらら「ブルームーンと言うのでしょう?」
リクオ「え?知ってたの?」
つららがブルームーンの事を知っていた事に、リクオは驚いた。
まさか彼女がこのような類の知識を持っていたとは・・・
つらら「くす・・・覚えていませんか?
リクオ様が5歳の時、私がお教えしたのですよ?」
リクオ「つららが!?え!?だって僕は友達が話していたのを聞いて・・・」
つらら「くすくす・・・本当に覚えてないのですね。」
リクオ「うーん、覚えていないなぁ。」
つららはリクオと話しながら、昔の事を思い出していた。
あれはリクオがまだ5歳の時。
ちょうど今日のように、2度目の満月が夜空に煌々と輝いていた。
リクオ「お月さまがきれいだなあ~~~。」
つらら「リクオ様、今宵は今月2度目の満月です。」
リクオ「それがどうかしたの?」
一体何を教えてくれるのだろう、そうした期待に目をキラキラさせながら、リクオがつららを見上げる。
つらら「くす・・・非常に珍しい事で、外国では『ブルームーン』と言うそうですよ。」
リクオ「へええええ。で、それって何か妖怪が出るぜんちょうとか、そういうのってある?」
つらら「え?・・・」
思いがけない質問に、つららは戸惑ってしまう。
リクオ「え?知らないの?」
つらら「うーん、解りませんね。
インターネットで調べれば、判るかもしれませんよ?」
リクオ「えー、めんどくさいよ!ね、雪女がしらべといて。」
つらら「ええ?!私がですか?!」
リクオ「うん、明日かえってくるまでにね。」
幼いリクオはそう言うと、もう月を見るのに飽きたのか、さっさと家の中に入っていってしまった。
翌日、つららは何とか調べようとしたのだが果たせず、無理だった事を報告としようとした。
ところが当のリクオはその時には既に、調べておくよう言った事さえ忘れていた。
そんな昔の事を懐かしく思い出しているつららの前では、思い出そうとするが思い出す事が出来ず、難しい顔をしているリクオが居る。
そんなリクオを見て、つららはくすりと笑った。
つらら「リクオ様、それではブルームーンの意味はご存知ですか?」
リクオ「え?いや、それは知らないな~。」
つらら「私も知らないんですよ。」
リクオ「あれ?昔僕に教えたんじゃないの?」
つらら「お教えしたのは名前だけです。」
つららはくすくすと笑いながら、リクオと受け答えをする。
リクオもまた笑顔になって、縁側から立ち上がると、つららに一つの提案を行った。
リクオ「ねぇ、つらら。一緒にブルームーンが何か、ネットで調べようか。」
つらら「・・・はい!リクオ様!」
昔と同じ月
昔と良く似た問いかけ
でも答えは、違っていて・・・
つららは満面の笑みを浮かべると、差し出されたリクオの手を取った。
同僚がブルームーンの話をし、帰りがけに満月を見ている時に思いたったネタを話にしてみました。
最初の使い捨てカイロのネタは、書いていたらいつの間にか出来てしまったものです。
そのまま隣に座るのもなんだかなー、と思いましてね。
つららが少し離れた所に座って、若が自分からつららを抱き寄せる、というシーンを書こうと思ったのですが、何故かこんなに長くなってしまいました。
まぁ、こういうのは私にとって良くあることです。
きっと満月が私をおかしくしてしまったのですよ、ええw