奴良邸の庭に、今夜も冷たい風が吹いている。
もうすぐクリスマスを迎えるこの時期は、奴良邸でも盛大に浮かれ上がり、準備に余念がない。
庭に並んでいる立派な松の木にもイルミネーションが施され、極彩色の輝きを放っていた。
「うーん・・やっぱりこれって悪趣味だよなぁ・・・」
年を追うごとに趣よりも派手さを競うように飾られたイルミネーションは、ともすればこれがクリスマス用の飾りである事を忘れさせてしまう事さえある。
リクオは『クリスマスを飾って祝うのは人間らしくていい』と思って賛成していたのだが、さすがにここまで派手になると引いてしまうものだ。
「まぁ、みんな楽しそうだからいいか。」
去年の自分のままだったら、きっと『いいかげんにしろ!』と怒鳴り散らしていたかもしれない。
そんな視野の狭い我儘な子どもだったのだなと、リクオはふっと自嘲気味に笑った。
「リクオ様~~、こちらにいらしたのですね。」
「あ、つらら。ちょうどいい所に。」
「はい?何か御用でしたか?」
リクオの声に、パタパタパタと急いでつららが駆け寄ろうとする。
「あ~~~急がなくていいって、危ないから。」
「?? 別に何も危険なものなどないではあり・・・きゃあ!」
リクオの予想通り、夜の暗がりに隠れた松の根に、つららが足を取られる。
つららが転ぶよりも早く、リクオはつららの手を取ると力強く引っ張り、体勢を立てなおさせた。
「リクオ様っ・・・す、すみません~~~。」
「・・・ねぇ、つらら。もしかしてわざとやってるんじやない?」
あまりにもお約束の展開に、思わずリクオは呆れたように聞いてしまう。
「な、何を言うのですか!
転ぶたびに着物の汚れを落とすのに、どれほど苦労しているのか、ご存じないのですか?!」
着物を洗濯しているつららを何度も眺めてはいるのだが、リクオはやはりどうしても不思議に思ってしまう。
そう思えば思うほど、ついついからかいたくなってしまうのだから仕方が無い。
「あー、そうだったね。この前はパンストが派手に伝線していたっけ。」
「あれはリクオ様が急がせるから・・・」
「つららがなかなか服を決めないから、皆との待ち合わせに遅れそうになったんじゃなかったっけ?」
「そ、それはそうですが・・・」
「今回の様に松の根で転んだのも、一度や二度じゃないだろ。学べよ、つらら。」
リクオは悪乗りして、竜二の真似をしながらつららをからかう。
「ぶ・・・なんですかそれは!よりによってあの陰険な陰陽師の真似をするなんて!」
「陰険って、つららも言うなぁ・・・。
竜二さんが聞いたら、何してくるか分からないよ?」
リクオの言葉につららはドキッとするものの、フンッと鼻息を鳴らし胸を張りながら反論した。
「いいんですよ。どうせここに居るはず無いのですから。」
「それもそうだね。ふふふ・・」
ここでつららは、ふと先ほどのリクオの言葉を思い出した。
「そういえばリクオ様。私に何か御用があったのではありませんか?」
「あ、そうそう、そうだったね。」
リクオはすっかり忘れてた、という顔をしてから、飾られた松の木を見上げる。
それにつられて、つららも一緒になって松の木を見上げた。
「松の木がどうかされましたか?
・・・・はっ!もしかして飾りがお気に召されませんでしたか?!
もっと奇をてらった方が良かったでしょうか?!」
「違うよ、つらら^^;
というか、やっぱりそういうつもりで飾り付けしてたんだね。」
つららの勘違いに少々呆れながらも、リクオはつららを落ち着かせようと両肩に手を置いた。
「リ、リクオ様?!」
リクオはつららの目を、じーっと神妙な顔をしながら見つめる。
「今更こんな事言うのもずうずうしいとは思ったんだけど、つららにお願いがあるんだ。」
「え?は、はい、なんなりと。リクオ様なら私は・・・」
ポッと頬を赤らめるつららの顔を、『あれ?何か変だな』と思いながらもリクオは見つめ続けた。
そんなリクオの顔を、つららは何やら期待した顔で見つめ返している。
「(なんだか言いにくいなー)えーと、つらら。」
「はい、リクオ様。」
意を決したリクオの両手に力がこもり、つららの両肩をより強く抱きしめる。
つららはますます顔を赤らめ、ぼーっとした顔でリクオを見つめていた。
「雪を・・・積もらせてくれない?」
「はい?」
リクオが何を言ったのか一瞬理解できず、つららは思わず聞き返す。
「ほら、この飾りも雪化粧すれば、少しはクリスマスらしくなるかなー、なんて思ってね。」
「は、はぁ・・・・」
「ホワイトクリスマスっていうのも一度体験したかったし。」
「え、えーと・・・リクオ様。」
ようやくリクオの言葉を理解し始めたつららが、肩に乗ったリクオの腕に自分の手を掛ける。
「つまり、単に私に雪を降らせろ、と言いたかったわけですか?」
「うん、そうなんだ・・・けど・・・」
掴まれた腕に冷気を感じ、リクオは思わず後ずさる。
俯きかげんのつららの目が怪しげな光を放ち、背後には『ヒュオォォオオ~~~』と嫌な空気が立ち込めていた。
「・・・つらら?」
「分かりました。お望み通りたっぷりと降らして差し上げます。」
ゴゥッ・・と冷たい風が巻き起こったかと思うと同時に、猛吹雪が周囲を襲う。
「つ、つらら!そんなに派手にやっちゃ駄目だって!ほら、飾りが飛んでくよ!」
「あーー、そーでしたね。分かりました。静かにやります。」
不機嫌を露わにしたつららの声に、リクオの本能が警報を鳴らす。
吹雪が止んだかと思うと、今度は重くて巨大なぼた雪が降ってきた。
その雪はあっという間にリクオの体に積もり始め、身動きが取れなくなってくる。
「ねぇ、つらら、凍えそうだから家に入れさせて欲しいな~って思うんだけど・・・」
「えーえー、どうせ私は雪を降らせるしか用がありませんからねー。」
「いや、別にそういうつもりで言ったんじゃ。」
「何か他にあるんですか?」
何か他に・・・と言われても、そもそも何でここまで機嫌が悪くなったのかが、リクオには分からない。
とりあえずこの場を凌ぐため、リクオは一つの提案を行った。
「そう、雪合戦だよ。ほら、昔何度も一緒に遊んで楽しんだだろ。
久しぶりに、つららと一緒に雪合戦で遊びたいなーって。」
「・・・・」
突然雪の降り方が緩やかになり、リクオに積もっていた雪をつららが払った途端、リクオは自由に動けるようになった。
(あれ?もしかして今のって、雪女の『畏れ』ってやつだったのかな?)
「それではリクオ様、後は私にお任せになって、お休みください。
明日までに仕上げておきますから、楽しみにしていて下さいね。」
「う、うん。おやすみつらら。」
「おやすみなさいませ、リクオ様。」
機嫌が直ったのかなー、とホッと一息つきながら、リクオは部屋に戻って暖をとる。
「うーん、良く解らないけど、とりあえず明日謝っておいた方がいいかな。
雪合戦の最中にでも話そうか。」
その日の夜、奴良邸にはしんしんと雪が降りつづけていた。
翌日、数年ぶりの雪合戦が行われる。
牛頭丸や馬頭丸、猩影など多くの妖までもが加わった大合戦となったのだが、過去の雪合戦とは異なる点はそれだけでは無かった。
「ねぇ雪女。こっちでいいの?」
「何が?」
河童が不思議に思うのも当然だろう。
なにせこちらはリクオの敵側。
他の側近達も、皆この組み分けに驚いている。
「よーし、雪女。一緒に牛頭を倒しちゃおー♪」
そんな緊迫した様子も気にせずに、馬頭丸が無邪気にはしゃいでいる。
「そうね、馬頭丸。乙女心を弄ぶような人には、お仕置きが必要よね。」
「えーっ、牛頭丸はそんな奴じゃないよー。ま、ちょっと捻くれてるけどさー。
あ、それとも首無の事かな?」
「ふふふ、誰でもいいじゃない。さ、雪合戦を楽しみましょ。」
「そだね。」
馬頭丸とつららのやり取りを遠目で見ていた首無が、リクオの側に近付く。
「若・・・一体何をなさったのですか?
殺気に近いものを感じるような気がするのですが・・・」
「知らないって!昨日だって危なかったんだよ!
なんでこんな事に・・・」
側近達は皆、『リクオが雪女を怒らせたに違いない』という認識で一致し、その日の雪合戦の間、とりあえずリクオの命の危機でもない限り、そっと見守ることに決めた。
見捨てるとも言うw
つららがキレたのは、つららの勝手な思い込みから来る怒りなので、リクオにとっては理不尽なもの以外の何物でも無いのですがね~。
もっとサクッと甘々な話を書きたかったのですが、たまにはこういうのも良いですよね?
補足ですが、『今更こんな事言うのもずうずうしい~』というくだりは、9歳の話で『目立つから雪を降らせるな』と言っておきながら、『雪を降らせて』とお願いしようとしていたからなんです。
また9歳の話と同じ理由で、冬にはもう13歳になっているだろう、という設定になっています。
あ、そういえばリクオが13歳なら、もう『若』ではなく『三代目』のはずですね・・・なんか違和感感じるから、『若』のままでご容赦下さい。