浮世絵町に、今年も冬が来た。
もやは冬の恒例事業と化していた奴良邸の雪化粧を、つららは嬉しそうに準備していた。
「うーむ、アレを見ると、冬が来たと感じるのう。」
「そうだな、青田坊。だが拙僧としては気が重い・・・。」
「そうだなぁ・・・」
毎年行われる雪合戦・・・と言えば聞こえがいいのだが、雪女による雪玉リンチに等しい展開が繰り広げられるのだから、リクオの敵側にされればたまったものではない。
おまけに『手加減』をしっかりしていたとしても、直ぐに雪玉を投げられるように、最初から雪玉の形をした雪の塊を無尽蔵に作り出すのだから、リクオ側の勝利は常に揺らぎ無いものだった。
「二人とも、今年はどうなるか判らないよ。」
「なんでだ、首無?」
二人の間に入ってきた首無の言葉に、青田坊が不思議そうに聞き返す。
「ほら、若が今年、『3代目なんて継がない』とおっしゃっただろう?」
「あんなもの、一時的な気の迷いじゃい。」
「そうだ。それに雪合戦となんの関わりがあるというのだ?」
リクオの爆弾発言の時の事を思い出した青田坊と黒田坊が、少しばかりムッとして首無しに応えた。
「いいかい、あれ以来若は『妖怪として目立つ事』にひどく神経質になられている。」
「そうだな。」
首無は『まだ解らないかなー』と涼しい顔をしながら、青田坊と黒田坊に教え諭すように話し続ける。
「つまりだね、浮世絵町でも、この屋敷だけが・・・」
「ちょっと雪女!!何やってんだよ!!」
首無が説明しようとした所で、リクオの怒声が響いてきた。
「あー、予想通りだったね。説明の手間も省けそうだ。」
首無が指さした向こうでは、つららがリクオに叱られている光景が繰り広げられていた。
「若、わたしはただ去年のように雪を積もらせて・・・」
「それが駄目だって言ってるだろ!この屋敷だけ雪積もってたらおかしいじゃん!」
「それでは雪合戦が・・・」
「そんなのどうでもいいだろ!雪なんて要らないんだから、溶かしといてよ!分かった雪女!!」
リクオの激しい物言いに、つららは顔を真っ青にしてうな垂れている。
「は・・・い・・・・」
「まずいっ、若も何だってあんなに!」
いつものような癇癪を起すだけだろうと思っていた首無だったが、まさかの展開に慌ててつららに駆け寄ろうとしたが・・・
パシィン!
首無が駆け付けるよりも早く、リクオの頬を女性の手が叩いていた。
「え?・・・」
「若菜様?!」
いつの間にかリクオの側に立っていた若菜が、リクオの頬を叩いていたのだ。
「リクオ!あなたなんて事言うの!!自分が何言ったか分かってる?!」
「な・・・母さん・・・」
いつの間にか現れた母に突然頬を叩かれた事に、リクオは茫然とする。
「いい!この娘はあなたが毎年喜んでくれているから、疲れも厭わずに雪を積もらせてくれてるのよ!」
「そ・・それが迷惑なんだよ!ぼくは人間らしく、静かに暮らしたいんだ!
だいたい頼んでも無いのに勝手にやっただけじゃんか!」
「!!」
バシィ!!
今度は力いっぱい、リクオの頬が叩かれる。
「はっきり言わないと解らないのっ!?
ああいう物言いをしちゃダメだって事よ!
『雪なんて要らない』!?『溶かせ』!?
雪女がそんな事言われたら、どんな気持ちになるか解らないの!?
相手を傷付けるような事をするのは、人として恥ずかしい事なのよ!
人間として生きたいというのなら、恥知らずな人間になっちゃ駄目でしょ!!」
「・・・・」
一気に捲し立てた若菜の気迫と2度も叩かれた事のショックに、リクオも言葉が出ない。
首無たちは若菜の言葉に感じ入り、ただ事の次第を眺めている。
そんなリクオと彼を睨みつける若菜の視線の間に、つららが割り込んだ。
「わ、若菜様・・・そんなに強く叩かれなくとも・・・」
つららが心配そうな声を出しながら、頬を抑えるリクオを庇うように立ちはだかる。
「それに私はそれほど気にしていません。
きっとリクオ様も解ってくださいます。もうこの辺で宜しいのでは・・・」
「雪女・・・お前、僕は・・・」
リクオは驚きと後悔の入り混じった顔をしながら、つららの後ろ姿を見つめる。
そんなつららを若菜はキッと睨むと、怒鳴りつけた。
「あなたもあなたよ!この子が人として悪い事をしたのなら、道を誤りそうになったなら、バシッと殴り倒してでも正してやるのが、本当の側近ってものじゃないの!?」
「えぇえ!?」
「いい、今後は遠慮しちゃだめよ。言う時はビシーっと言っちゃいなさい。」
人差し指をピシッと立てて、若菜は真剣な眼差しでつららに語り続ける。
つららはどう返事をしていいのか分からず、戸惑ってばかりだ。
「え?!え?!で、でも、そんな私などが・・・」
「いいから。ね、これは私からのお願い。
命令でも何でもない、母親としてのお願いよ。」
「・・・は、はい、分かりました!」
その様子を見ていた首無はしきりに感心した様子で、黒田坊と青田坊に語りかける。
「ふふ、流石2代目が選ばれた方だけはあるな。」
「うむ。」
「そうだな。」
黒田坊と青田坊もまた、若菜に尊敬の眼差しを向けていた。
一方リクオとつららは・・・
「ごめん、雪女。ひどい事言っちゃって。」
「いえ、私こそ申し訳ありません。若の気持ちも考えずに勝手に雪を降らしてしまいました。」
「んー、まぁそれはもういいや。」
「若!それでは雪合戦をされますか?!」
「せっかくだしね。」
パアァァァっと晴れやかな笑顔になったつららに、はにかみながらリクオが答える。
「あ、でもこれからは駄目だよ。目立つのは無し。いいね、雪女?」
「は、はぁぁぁぁぁいぃぃ。」
しょぼーんと落ち込む雪女をそのままに、リクオは首無たちの方に駆け寄っていく。
この冬最初で最後の雪合戦が、間もなく幕を開けた。
リクオがフツーの人間として生きていくと決めたのは8歳なのですが、冬にはきっと9歳になっているだろう、という私の勝手な思い込みによる年齢設定となっています。
最初はもっとソフトだったのですが、なんとなくキツくつららを叱るシーンに差し替えてしまいました。
つららがキレてリクオを怒鳴るのは、若菜様の太鼓判付きなのですw
若菜はもっと能天気で楽観的で、こんな事は言わないような気もしますが、まぁキャラが立っていないも同然なので、好きに書かせてもらいました。
ま、若菜の叱る内容はちょっと大げさに捕えすぎかもしれませんが、こういう話を書きたくなったのでご容赦ください。
なお、最初のテロップでは、つららが
リクオに叱られる→側近ズに慰められる
で終わりでした。味も素っ気もリクつらも無い・・・
たぶん面白みが無いからって、こういう話に変えたんだと思います。