バレンタインはお静かに

今日はバレンタインデー。
多くの男子生徒がそうであるように、リクオもまたチョコを貰えるかどうか・・・いや、リクオの場合、いつ貰えるのかを期待する一日だ。
だが、期待していた昼休みには、つららは何事もないように、いつものような屋上での昼食タイムを過ごすだけだった。

(渡すなら邪魔者が居ない昼休みだと思ったんだけどな~。去年みたいに、家に帰ってからなのかな。)

放課後になり、頭の上の物はカナからのチョコをなのだろう判っていたリクオだったが、肝心のチョコはまだ貰っていないため、とりあえず言いつけを守り続けるフリをする。
いつまでもこの姿勢で待ち続ける事は出来ないな、と思っていたリクオに、つららがにこやかな顔をしながら近付いてきた。

「はい、リクオ様」
(来たっ!)

本心は嬉しくてたまらないリクオではあったが、思春期に入った男の子によくあるパターンというものだろうか、チョコレートを待っていたと思われるのは恥ずかしい。
そこでリクオは、思いとは逆の反応を、つまりバレンタインデーの事など気が付いていない、そっけない態度を取る事に決めた。

「ちょっとつらら、まずいよ学校で~~。」

皆の前でプレゼントを渡してきたつららに、リクオは至極困った顔で周囲を窺いながら文句を言う。
考えて見ればお弁当を渡す所を見られた時も、誤魔化して皆の話に上らなくなるのにしばらく時間がかかった、という過去がある。

(うん、そうだよ。前も困ったんだから、当然の反応だよね)

だがつららは得意げな顔のまま、ぐいっとリクオにプレゼントを押しつける。

「今日は女子が男子に何をあげても、怪しまれない日です!!」
「へえ。」

平静を装ってはいるものの、先ほどから心臓がバクバクと脈打っているのが自分でも分かる。
動揺を誤魔化すためにも、リクオは先ほどのカナとのやり取りを、つららに話す。
リクオはカナから毎年チョコを貰っている。
その事はつららも知っている事だし、少々変わった渡し方をした事なら、丁度いい話題になると思ったのだ。

「そっか、今日はバレンタインデーか。」

これで、たった今バレンタインデーの事に気が付いたのだと思わせる事に成功したなと、リクオは安堵した。
だが、リクオの予想とは異なり、つららがふるふると震えだす。

「それは・・・何かダメです!!」
「・・・・なんで?」

別に、幼馴染からチョコもらうのなんて、当たり前なのになー。などどリクオは思うのだが、つららにとっては違う意味になるのだから仕方が無い。
それに誤魔化す事に夢中なリクオにとっては、今はそんな事にまで考えが回らなかった。

「なんでって・・・そ、それはその・・・ダメなものはダメなんです!」
「理由になって無いよ、つらら。」

つららとしても、乙女の直感のようなもので漠然とダメだと思っただけなのだから、理由を具体的に言えるわけがない。
逆にリクオはつららの言葉に何時もの冷静さを取り戻しつつあったが、それでもやはり、つららの反応がどうにも腑に落ちなかった。
リクオにとってみければ、昔からつららからもチョコレートを貰っていたわけであり、カナと同じという事になる。
どうせ人間の真似して用意してくれるだけの、義理チョコのようなものだろうな、というのがリクオの認識だ。
もちろんそれでもリクオにとっては嬉しい事に違いはないのだが、そうした経緯もあって、『本命チョコ』でも『義理チョコ』にしか見えなくなってしまっている事に、本人は気が付いていない。

「そうだ、リクオ様。私の手ずからチョコレートを食べて頂く、というのはどうですか?!」
「だからなんでそうなるの。そこまでしなくてもいいじゃないか。」

つららにとってはただの意味のないイベントのはずなのに、どうしてこんな事を言うのだろうか?
リクオはそう思わずにはいられない。

「私にとっては大事なことなんです!」
「んー。」

つららが言うからには、少なくとも彼女にとってはそうなのだろう。
それぐらいはリクオにも分かる。
問題は、学校でそんな事をされては困るという事だ。
しかもこの勢いだと、屋上ではなく今この場で『はい、あーん』と恥ずかしくて死んでしまいそうな事をされかねない。

「あー、ねぇつらら。何時ものように、夕御飯の後でって訳にはいかないかな?ほら、デザートの代わりにさ。」

リクオにとってみれば確かに何時もの事。
家に帰ってひと騒ぎあって、ご飯を食べて、そして自分の部屋に戻って、しばらくするとつららがやってきて、身の回りの世話をしてもらったり、宿題や予習・復習が早く終わった時には話をしたりする。
それが家に帰った後の、だいたいの流れ。何時もの事。

「・・・は、はい!喜んで!」

つららの嬉しそうな声が教室に響き渡る。
・・・そう、響き渡った。

ザワザワザワ・・・

「ん?あれ?」

リクオはようやく、つい先ほどまで周囲が静まり返っていた事に気が付く。
ザワつきの原因は、周囲の視線からしてリクオ達であることは間違いない。

「巻~~。あの二人って、何時も夕御飯一緒に食べてるのかな。」
「親も公認ってこと?はぁ~~~熱々だね。羨ましいよ、ホント。」

鳥居と巻の言葉に、リクオは全身を硬直させた。
リクオは気が付いてなかったのだ。
つららの大きな声に、周囲が何事かと注目し始めた事に。
人目をはばからずイチャついているようにしか見えないこのカップルの話を、固唾を呑んで見守っていた事を。

もはや今夜の事で頭がいっぱいになっているつららが、周囲の雰囲気などお構いなくリクオの手を取って引っ張り歩きだした。

「さあ、早く帰りましょう!腕によりをかけて、チョコデザートをお作り致します!」
「あ・・・いや、つらら・・・こ、声が・・・」

クラスメイトの視線が痛い・・・リクオは恥ずかしさで、まともに声を出す事も出来ない。

「ほら、早く行きましょう。」
「あ・・・う・・・。」

クラスメイトに対する言い訳が思い付く筈も無く、リクオはつららに引っ張られるままに、学校を後にした。

 

 

 

カップルはカップルでも、頭に「バ」が付きますね、これは(笑)。
バレンタインネタを出すには遅いのですが、ふと思いついてしまったものは仕方がありません。作ってしまいました。

9巻の表紙裏の描写では、カナちゃんが帰って行ったわけですから、放課後である事は間違いないんですよね。
で、放課後になるまでバレンタインの話題が全く上がらない学校って、漫画の世界ではまず無いだろうと、ふと思いましてね。
日付を忘れる事は、日直業務を他人の分までやってしまうリクオにはまず無いだろうし。
で、チョコ待ちしているのがバレたくないので、平静を装っていた。という話にしたら面白い気がする、と思って書いてみました。

最初に考えたものだと、夜リクがしゃしゃり出て来たのですが、明るい学校の教室で表に出てくる事などまず無いと、読み返して気が付きましてね。
さすが頭が不良回転中に考えたSSだけの事はあるなー、と自分で笑ってしまいましたよ。

続きものとして、家に帰ってからのシーンも書きたいなとは思っているのですが、テロップ段階ではギャグにしかならないんですよね、これが。
ちょっとギャップが激しいので、さてこのまま作ったものかどうか・・・。

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