甘い誘惑

その日の夜の食事は、質素な、まるで精進料理のようなものだった。
ぬら組の妖怪たちは口々に文句を言ったものだが、つららに

「今日はバレンタインデーでみんなチョコレート食べるんだから、その分工夫しているんです。
 文句のあるひとはチョコレート無しですよ~。」

などと言われては、誰も文句が言えない。
もちろん食事の後にはちゃんと美味しいチョコケーキが出たのだから、不満が出る事は無かった。

「おう、なかなか美味いじゃないか。・・・ん?若はどこに?」

デザート皿に盛られたチョコケーキを一口で平らげた青田坊が、リクオの姿が見当たらないと、あたりを見回している。

「あ~、若なら食事終わって直ぐに、さっさと部屋に行っちゃったよ。」
「それはいかん。若はケーキの事を忘れておられたのかな?
 ・・・よし、呼びに行こうか。」

ずいっと周囲の妖怪たちを押しのけて、リクオの部屋へ向かおうとする青田坊に、ケーキを少しずつ食べながら楽しんでいる河童が声を掛けた。

「それは止めた方がいいんじゃないかな~。」
「なんでだ?」

振り返った青田坊に、河童がちょいちょい、と座るよう手招きする。
よっこらしょ、と青田坊が隣に座り、河童に話の続きを促した。

「ほら、周りをよく見なよ。」
「何をだ?別にいつもと変わらんぞ。」

キョロキョロと周囲を見回しても何も気付かない青田坊に、河童は『ヤレヤレ』と目を細めながら紅茶をすすった。

「気付かないかな~。雪女だよ、雪女。いないじゃん?」
「ん?おお、そういえば・・・。」

たしか最初は、チョコケーキをワゴンに乗せて持ってきて・・・。
考えてみれば、配り始めた後には雪女の姿を見た記憶が無い。

「分かった?」
「なるほどな。あいつもなかなかやりおるわい。」

納得した青田坊に、毛倡妓が近付いてきてお代りのチョコケーキを差し出した。

「行ったら行ったで、楽しいものが見られるかもしれないわよ?」
「冗談言うな。俺はそんな野暮じゃねぇし、若を怒らせたくないからな。」
「だね~~。」
「あら、きっと面白いのに。残念。」

青田坊は仕方なく座りなおすと、貰ったチョコケーキに手を伸ばした。

 

 

「えーと、つらら。やっぱりそれはしなきゃダメなの?」
「はい、もちろんです!」

リクオの部屋の中央に置かれたちゃぶ台の上には、皆が食べたものよりも格段に装飾が盛りつけられたチョコケーキに、チョコプリンだったチョコシャーベット、そして何種類もの彩で染められたハート形チョコレートを盛りつけられた皿が置いてあった。
家に帰ってからの短時間の間に、よくこれだけ作れたものだとリクオは感心する。

「はい、どうぞお食べ下さい♪」
「ん~~~~。」

ただ、リクオにとっての問題は、つららが学校で言った事を、本当に実行しようとしている事だ。
切り取ったチョコケーキを乗せたスプーンを、リクオの口の前に差し出している。

つまるところ、「はい、あーん。」の構図という奴だ。

リクオとしては嬉しい気持ちもあるが、それ以上に恥ずかしい。
だが、もはやこの体勢となっては、逃れる事も出来そうにない。
覚悟を決めたリクオが、パクリとチョコケーキを頬張った。

「まだまだありますよ♪どんどんお食べ下さいね♪」
「う、うん・・・」

最初のうちは火が出るほど恥ずかしがっていたリクオだったが、徐々に慣れていったのか、恥ずかしがりながらもこの状況を楽しみ始めた。
こそばゆい感覚も、今のリクオには気持ち良いぐらいだ。

そんなリクオに、つららは嬉しそうにチョコ菓子を口元に運びつつ、菓子作りの事などを話していると、あっという間にほとんどのチョコ菓子を食べ終えてしまった。

「あ、リクオ様。これは私がやっても上手く割れないので、ご自分でお食べ頂けませんか?」

そう言ってつららがチョコシャーベットをリクオの前に準備したところ、そのつららの手をリクオが握ってきた。

「え?リクオ様?」
「俺としては、最後までお前の手で食べさせて欲しいんだがな?」
「そのお姿は?え?ええ~~~~~?!」

突然リクオが夜の姿に変化した事に、つららは驚き戸惑う。

「あ、あの、私が割ろうとしても、かえって凍って固くなってしまいます。ですから・・・」
「俺はお前の手で食べたいんだ。」
「そ、そんな事を言われましても・・・」

リクオの強引な物言いに、つららも困り果ててしまった。
そんなつららを見てリクオはニヤリと笑うと、突然つららの腰に手を回し、ぐいっと引き寄せる。

「リクオ様?!」
「そうだな、つらら。どうしても出来ないんなら、今度は俺がこのシャーベットを削って、お前に食べさせてやるよ。」
「あの・・・お身体が何時もより熱いような・・・。」

つららは抱き寄せられて初めて気が付いたのだが、どうもリクオの様子がおかしい。
目の焦点が少しばかり合っていないし、体も火照っているような気がする。

「は!・・・まさか毛倡妓が手伝ってくれたチョコに!」
「ん?どうしたつらら?」

つららはリクオの口元に鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。
思った通り、ウィスキーの匂いがしてきた。

「毛倡妓の奴、何が『特別に手助けしてあげる』よ。」
「ムラッ」
「せっかくの雰囲気が台無・・・んぐっ?!」

顔を寄せてきたつららに見惚れていたリクオが、つららの後頭部に手を回すなり、強引にキスをしてきた。

「ん?!んん~~~~~!!」

じたばたと暴れるつららなど意に介さずに、つららの唇を味わい続けるリクオ。
その手がつららの着物の襟にかかり、つららが更に抵抗を強めようとしたその時、突然天井から錫杖が落ちてきて、リクオの脇に突き刺さる。
それに気を取られた隙に、反対側から近づいた何者かがリクオに武器を振りおろした。

スパァーーーーーーン!!

「いてぇ!!」
「え?黒羽丸?」

リクオの頭に振り下ろされたのはハリセンで、現れたのは黒羽丸だった。
黒羽丸はリクオとつららの間に割り込むと、ハリセンを構えてリクオと向き合う。

「若、体は大人に近いとはいえ、まだ未成年です。ご自重なさってください。」
「・・・いや、ちょっと待て。お前今どこから出てきた。」

リクオの疑問ももっともである。
そんなリクオの疑問に、黒羽丸は胸を張って答える。

「もちろん天井裏からです。こんな事もあろうかと、見張っておりました。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!じゃあ私達の事、ずっと見てたわけ?!」
「はい。」

至極真面目な顔で、目をキラーンと輝かせる黒羽丸。

「毛倡妓から情報を頂きまして。見張っておいて正解でした。」
「毛・・・毛・・・毛倡妓のやつ~~~~~~~!!」

毛倡妓に遊ばれたのだと気が付いたつららが、地団駄踏んで悔しがる。

「おい、だからって覗き見たぁ、関心しねぇな。」

せっかくのお楽しみを邪魔されたリクオが、黒羽丸にずいっと近付き凄みをかける。
だが黒羽丸の方は、それを全く意に介さずにリクオに答えた。

「私は親父のように、お目付役になろうと思っています。
 ですから、若が変な気を起こさぬよう、見張っているのも当然の事です。」
「いや、それはちょっと違わねぇか?」
「いえ、間違いありません。親父もそうでしたから。」

「マジかよ・・・。」

がっくりと肩を落とし呆れるリクオを他所に、黒羽丸は烏天狗の姿になると、再び天井へと飛んで隠れてしまった。

「では、私はこれで。今日はもうお休みになられた方がいいですよ。」

そう天井裏から聞こえてきた黒羽流の声に、リクオとつららが顔を合わせる。

「まだ居やがるつもりか!!」
「私と一緒にここから出て行きなさい!!」

リクオの部屋から、二人の叫び声がこだました。

 

 

 

なんだか方向性が良く解らないSSになってしまいました。オチもイマイチだし。
ギャグ傾向が強かったため甘い話にしたいと頑張ったら、頑張りすぎたのかもしれません。
最後の方は疲れてましたしね。
最初は首無も出ていたのですが、変だったので削除・変更しました。
少しはまともになったような気がします。

そういえば考えてみれば、キスシーンを書いたのは初めてです。
最初に書いたのがこんなんなんて・・・・。
ま、今まで書く事が無かったので、たまにはこういうのも良いのかもしれません。

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