奴良邸には花を咲かす様々な樹木がある。
桜の季節が終えると藤の季節が巡り、宴会好きの妖怪たちにとって、酒の肴に欠かす事がねぇって訳だ。
ま、俺達もそんな中の二人ってわけだが。
しかし、つららはほんと、あまり酒を飲まねぇな。
俺の前だからって遠慮してんのか?
花見酒を始めてもう小一時間も経つだろうか。
とりとめのない話を続けながら花見酒を楽しんでいたリクオとつららだったが、ついに最後の一滴が盃へと注がれた。
なんだ、もう終わりか。話も上手く繋がらなくなってきたし、なんか面白くねえな。
「ん~~~~、ちょっと・・・退屈になってきたな。」
「では、そろそろ花見を終えて、お休みなさいますか?」
それはそれでつまらない。今日はまだ楽しみたい気分だ。
なんだ、つららはもう止める気満々だな。面白くない。
そう簡単に俺から離れられると思うなよ?
「よし、何かゲームをしよう。」
「ゲームですか?」
「ああ、しりとりでもしようじゃねえか。」
「はあ・・・」
なんだかつららが呆れた顔でこちらを見ている。
しりとりってのは失敗だったか?
ま、とっさに思いついた事だしなぁ。
「最初は『つらら』の『ら』からだ。ほれ、つららからだぜ。」
「は、はい。それでは・・・」
いつもなら直ぐに答えそうなもんだが、何やら考え事をしているな。
上目遣いになった金色の瞳に、なんだか吸い込まれそうだぜ。
「・・・『ラナンキュラス』でどうでしょうか。」
「なんだそれ?」
「もちろん花ですよ。花金鳳花(ハナキンポウゲ)と言った方が分かるかもしれませんね。」
微笑みながら、つららが俺の顔を見つめてくる。
「いや、分かんね。」
「もう!」
プウッと顔を膨らませた様がまた面白い。
こいつは楽しいしりとりになりそうだ。
そうか・・・・花ね。
「じゃあ俺の番だな。」
俺はつららに顔を近づけながら、ニヤリと笑って次の答えを言った。
「『ストック』。」
途端につららの顔が真っ赤に染まる。
思った通りの反応に、口元が緩んじまってるのが自分でも分かった。
「さあ、今度はつららの番だぜ?」
「は、はい。」
そうだ、どうせならもっと面白くしちまおう。
「そうだな、ここはいっその事、花縛りでいくか。」
「花の名前だけ・・・ですか?宜しいのですか、リクオ様。」
不思議そうな顔をしてこちらを伺うつららを見て、ハッと我に返る。
しまった、ついノリで言っちまったが、俺の方が不利に決まってんだろ。
「あ、ああ。一度言った言は返せねぇからな。」
・・・その顔は知っている。『無理をして』と思っている時の顔だ。
だが自分で言った事だ、なんとか勝ってみせる!
「それでは・・・」
つららはちらりと俺の目を見てから、何やら恥ずかしそうに目を伏せ口元を手で隠しながら答えてきた。
「『梔子(クチナシ)』です。」
「『し』か・・・」
つららが、姿勢はそのままにこちらの様子を伺っている。
まだ始まったばかりだというのに、もう俺が答えられないとでも思っているのか?
あれだ。前につららと一緒に水をやった花があったが、あれの名前が・・・
「・・・『シザンザス』?」
「くすくす、『シザンサス』ですよ。」
「おう、それそれ、『シザンサス』だ。」
「では、『す』ですね。」
言い直した事に何も触れないどころか、嬉しそうな顔をしていやがる。
なんだか子供時代に戻ったような気分だ。
つららの奴、俺を子供扱いしてねぇだろうな?
「・・・『ストレプトカーパス』です。」
「おい、それ本当に花の名前か?」
「本当にありますよ。育てるのが難しいので、庭にはありませんが。今度お見せしましょうか?」
「・・・いや、いい。」
自信たっぷりに言っているし、そもそもつららが嘘をつく筈もねぇか。
てっきり和名の花が出てくるとばかり思ったんだがなぁ・・・あ、そうだ。
「んじゃ、俺は『スズ・・・・」
しまった!『鈴蘭』じゃ『ん』で終わっちまうじゃねぇか!
固まってしまった俺の顔を、つららが覗きこんでくる。
やばい、答えないと負けにされる・・・
「もしかして、『ススキ』ですか?」
「へ?」
それって花だっけか?
「ススキも花を咲かせますよ。」
そうなのか・・・っておい、今俺の頭の中の声に応えなかったか?
まぁいいや、助かった。
「おう、そうそう、『ススキ』だ。」
「それでは・・・」
にこにこしながら、つららがまた考え込む。
流石につららも、名前が出なくなってきたのか?いや、んな訳ねぇよな。
「・・・『桔梗』(キキョウ)です。」
つららの頬が、ほんのり染まっているように見える。
酒が回ってきたのか?いや、つららはそんなに呑んでねぇよな?
つららの目はどこか誇らしげで、じっと俺を見つめている。
・・・やばい、何だか落ちつかねぇ。心臓がバクバク鳴ってきやがった。
とにかく答えを出そうと考えた途端、あるCMソングが頭の中にこだました。
「おう、『ウコ・・・・」
違う、なんでこんな事言おうとしたんだ。ここは普通に『梅』だろうが。
またフォローしてくれねぇかな、とつららの方を見たが、嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。
あれは勝利を確信した目に違いない!
なんてこった、このまま負けるしかねぇのか・・・
「『ウコ・・』何ですか?」
「ぐ・・・」
「言って下さい、リクオ様。」
「ウ・・・『ウコン』だ。」
がっくりと肩を落としうな垂れる俺に、つららが抱きついてきた。
「それは私の言葉ですよ。」
なんだそりゃ?
俺に勝って喜んでいる・・・って感じじゃねぇよな?
乙女心ってのは、解かんねぇもんだな。
リクオ視点で描いた花見の席での一問答です。これはつらら視点の『言葉遊び』と同じ話です。
比べて見ると、二人の温度差にけっこう笑えますよ。
ちなみに、リクオは酔っ払っているので状況判断がまともに出来ない状態に陥っています。
それが温度差を助長させているんですよね。
続けて、つらら視点の『言葉遊び』をどうぞお楽しみください。