激しい雨の中、人間の姿の氷麗と倉田が、リクオを挟むようにして浮世絵町を歩いている。
まだ日が沈むには早いのに、あいにくの天気の為あたりは既に薄暗い。
「それにしても、凄い雨ですな。」
「そうだね、あ・・倉田君。」
「ここまでくりゃあもう大丈夫ですよ、若。」
「そうですよ、もう家長とも別れた事ですし。心配する事なんてありませんって。」
これほど激しい雨ともなると族の集会もあるはずが無く、今日は珍しく3人揃っての下校となったのだった。
最初、カナが倉田を訝しむのではないかとリクオは危惧したのだが、最初に少し驚いたぐらいで、別段いつもと変わりない下校時間を過ごす事が出来ていた。
カナと倉田の会話を聞く限り、どうやらカナの中では、倉田はめったに顔を出さない清十字団メンバーの一人として認識されているらしい。
これで怪しまれる事無く一緒に下校できると、青田坊が黒田坊達に自慢していたのはまた別の話。
「それもそうだね。この雨じゃ大声出さないとすぐに聞こえなくなっちゃうし。」
「そうですよ~。」
「さ、それより早く帰りましょう。だいぶ濡れていますぞ。」
「うん。」
とは言ってもこの激しい雨の中、そう急ぐ事も出来ず、結局ズボンや袖口がずぶ濡れになっての帰宅となってしまった。
「流石にこれだけ降ると、傘を差していても濡れちゃうな~。」
「しかし、今時の靴は濡れるとぐずぐずになって嫌な感じがしますな。」
「そうだね、青田坊。」
リクオと青田坊は、揃ってずぶ濡れになった靴と靴下を脱ぎ、小妖怪の持ってきたタオルで足を拭く。
服の方はともかく、濡れた靴下は実に気持ち悪いというもので、ようやくその不愉快さから解放されたリクオ達に笑顔が戻った。
「そうだ、若。今度雨の時は、この青田坊めのバイクの後ろに乗っちゃどうですか?」
「却下!何言ってんだよ青田坊!そんな目立つ事できるはず無いじゃないか!」
冗談じゃないとリクオが慌てて青田坊の提案を却下する。
青田坊がガーンとショックを受けるのを見て、ずっと二人を見守っていた氷麗がクスクスと笑いだした。
「そりゃ無理ってもんよ、青田坊。さ、リクオ様も早く上がって着替えて下さい。」
「うん・・・って、そういえば氷麗、あまり濡れて・・・無い?」
青田坊とのやり取りの間も、氷麗は玄関口でリクオの鞄を持って、髪や足を拭のを見ていたはずだ。
その間の事を思い起こしてみても、氷麗がタオルで体を拭いたりしていた記憶が無い。
「はい、そうですよ。」
「何で!?」
「それはまぁ、雪女だから?」
「なんじゃいそりゃ。」
どうにも自分でも詳しい事までは把握していないようで、曖昧に答える氷麗にリクオと青田坊が詰め寄る。
氷麗が言うには、どうやら袖やスカート、靴下などに水滴が着いた瞬間に凍らせて、そのまま飛び散らせているらしい。
要約すると、『濡れたくない』という思いが、無意識のうちにそういう風に出来るようにさせてしまったのだろうというのが、氷麗の言い分だ。
「いえ、ですからなんとなくやっているだけで、きちんと意識している訳では無いんですよ。」
「ずるいなぁ・・」
「まったくそうですな。」
「そんなこと言われても・・・」
そういえば、帰り道でも氷麗は時々裾を払っていた事があった。
きっと、氷の残りかすを叩いていたのだろう。
「でも、まったく濡れないってわけじゃないんですよ?」
「そうなの?」
「はい、靴はどうしても濡れてしまいます。凍らすとかえって危ないですからね。」
「ああ、そりゃそうか。」
言われてみれば、確かに足元だけは濡れていた。
という事は、自分達がさっさと靴を脱いでその不快感から脱却していた間も、ずっと我慢して自分達が体を拭き終わるのを待っていたのだろうか?
「ちょっと、氷麗。」
「はい、どうしました?」
「だったら直ぐに靴を脱がないと。足に良くないよ。」
「くすくす。リクオ様はお優しいのですね。」
氷麗の言葉にリクオは顔を赤くさせ、思わず強い口調で命令してしまった。
「ほら、早く!」
「はいはい。でも私はこういうのはけっこう平気なんですよ?」
なんせ雪女ですから、生温かくなるわけでもないし。と続いて氷麗は小さく呟く。
その言葉も聞き逃さなかったリクオが、問答無用とばかりに人差し指をビッと立てて、氷麗に言い聞かせようとする。
「それでも早くするの。それと今度から雨の日は一緒に靴を脱ぐんだよ。でないとボクの気が済まないんだから。」
「それは一大事ですね。では次からは遠慮なくご一緒させて頂きます。」
落ち着き払った氷麗の返事に、リクオは複雑な気持ちになった。
ついさっきまで『同級生』のようだったのに、今はまるで自分だけが『子ども』のようだ。
そうリクオは感じてしまうが、実際氷麗は『大人』なのだから仕方が無いとも思ってしまう。
「しかし、服だけでも濡れずに済むとは羨ましいのぅ。」
「ほんと、いいなー。」
「くすくす。そんな事言っても何も出ませんよー。」
その後もリクオは何度も「いいなー」と氷麗の特技(?)に感心していた。
先日の大雨の時にふと思いついたネタです。色々と変だったので、手直ししました。
思ってたよりも、ほのぼのしたものになりましたね。
後半はもう少し遊びたいと思います。
今回は、本誌でリクオがつららのことを漢字で『氷麗』と呼んでいた事をふと思い出したので、試しに漢字にしてみました。
もし今後もリクオが『氷麗』と呼ぶのであれば、このサイトでも『氷麗』表記を続けようと思っています。