雨に濡れても ~その3(完)

登校している間、氷麗はずっと鼻歌を歌いご機嫌の様子だ。
そんな氷麗を見てリクオもまた嬉しそうな顔をしていたのだが、やがてふと周囲に違和感を感じた。
すれ違う人たちが、ことごとく自分達の方を見ては顔を綻ばせたり、少々呆れた顔をしているのだ。

「ねぇ、氷麗。」
「はい、なんでしょう、リクオ様。」

もしかしたら、自分達の格好が何か変なのかもしれない。いや、氷麗は何処も変じゃない。
とすれば自分の服装等に何か問題があるのではないだろうか?
そう不安になってしまったリクオは、氷麗に自分の姿をチェックしてもらおうと思ったのだ。

「ボクの服とか、髪とか、どこか変な所無い?」
「?・・・いいえ、いつも通りですよ。どうしたんです、急に。」

きょとんとした顔をしながら、氷麗が聞き返してきた。
うーん、と腕を組み考えながら、リクオは氷麗に応える。

「いや、さっきからジロジロと僕達の方を見る人が多くてさ。何だろうと思って。」

氷麗はしばし考えると、ほのかに頬を染めてリクオから顔を少し逸らし、目だけはリクオの方を見ながら、恥ずかしそうに答えた。

「えーと・・・たぶん私たちが、相合傘をしているからではないでしようか。
 朝からこういう事をしている人間というのは、珍しいと思いますので。」
「あ・・・」

雨に濡れない事ばかりに夢中になって、自分達が傍から見ればどのように見えるか。その事をリクオはすっかり忘れていた。
帰りならまだ『傘を忘れた』というのもあり得る。
だが朝からというのはどうだろうか。故意にやろうとしない限り、このような状況にはならないと、皆が考えるだろう。
意図はともかく、少なくとも自分達はそうなのだ。

つまるところ、周囲から見れば『朝からイチャついているバカップル』な訳で・・・

「あう・・・え・・・つ、氷麗。」
「リクオ様、どうしたんです?大丈夫ですか?」

突然全身が硬直したようにギクシャクと動き始めたリクオに、氷麗が心配そうに額に手を当て顔色を伺う。

「いや、その・・・」

リクオからしてみれば、意識した途端に額に触れられ顔を近付けられては、堪ったものではない。
咄嗟に体が後ずさり、傘からはみ出た部分が、あっという間に雨に濡れてしまった。

「リクオ様!?何をしているんですか!?」

慌てて氷麗が傘をぐいっとリクオの方へと傾ける。
そうなると当然、今度は氷麗の方が雨にずぶ濡れになってしまった。
流石の氷麗の特技(?)も、まともに当たる雨には役立たない、というよりは、リクオに気を取られてそれどころでは無いというのが正解だろう。
もっとも氷麗は、その事を全く気にしてなどいないのだが、それはリクオを正気に戻すには十分だった。

「氷麗!」

今度はリクオが、咄嗟に自分と一緒に傘を押し戻す。

「何やってるんだよ、氷麗。」
「それはこちらの台詞です。」
「う・・・」

何と答えればいいのだろうか。
『距離が近すぎる』と言った所で、『何を当たり前の事を』と返されるだけだろう。そもそもこういう状況にしたのは自分である。
かといって『恥ずかしい』と言えば、勘違いされて傷付けるかもしれないし、一緒に登校してくれなくなるかもしれない。それは困る。

こんな時にどう言えばいいのか。流石にそこまでは、首無から聞き出していないと、リクオは困惑してしまう。

「かなり濡れてしまいましたよ。今拭きますから、大人しくしていてくださいね。」

リクオが戸惑っている間に、氷麗はタオルを取り出してテキパキとリクオの体を拭き始めた。
もちろんそれは人通りの真ん中での事であり、さらなる注目を周囲から集めていた。

「ねぇ、氷麗・・・」
「どうしました、若?」

リクオは周囲を指差してみたのだが、氷麗はちらりとその方向を見ても、まるで気にした様子も無く再びリクオの体を拭き始める。
そこには自分達と同じ学校の中学生もいるというのに。自分達を凝視しながら歩いているというのに。

「よし、これで出来る限りは終わりですね。あ~あ、中まで濡れてますよ。」
「あ、うん。その、氷麗。」

氷麗はリクオの背中に手を当て、濡れ具合を再度確認した。
互いに傘の中からはみ出ないようにこのような事をしていれば、傍から見れば抱き合っているようにしか見えないだろう。
その事にリクオは体を強張らせたまま、『周囲の視線を少しは気にしてよ』と懇願するように氷麗をじっと見つめた。

「私は大丈夫ですよ。これぐらいじゃ風邪もひきませんから。」

それを自分を気遣ってのものだと勘違いした氷麗が、至近距離でニッコリと微笑む。

「いや、そうじゃ無くって・・・」
「それでは何なんですか?」

姿勢はそのままに、不思議そうな顔をしてリクオの顔を見つめる氷麗。
リクオは、周囲の視線がさらに痛くなってきているのを感じた。

「その・・・周りから見て、僕達って今どう見えてるかなってね。」
「え?私達がですか?」

そう言われて、ハッと初めて氷麗は今の自分達の状況を把握する。
それと同時に顔を真っ赤にさせると、慌ててリクオの背中から手を放した。

「す、スミマセン!そのっ!私ったらつい!」
「わっ、氷麗!もういいから!傘の中で暴れないで!」

大慌てでブンブンと手を振る氷麗の手から傘を守るために、リクオが傘を持つ手を高く上げる。
当然そうなれば傘に守られる範囲も狭くなるため、自然と二人の体がピタリと重なる体勢となってしまった。

「リ、リクオ様!」

思わぬ展開に氷麗が緊張した途端・・・

ピキピキピキ

「え?」
「あ・・・」

リクオと氷麗の衣服に染み込んだ雨水が氷へと変化し、衣服を固めてしまった。

「ま、まずいよつらら。こんな所で。」
「あわわわ、直ぐに止めます。」

氷麗は慌てて冷気を抑えたものの時すでに遅く、二人の衣服は既にバリバリに固められてしまっていた。
しかも、このまま下手に動くと、服が壊れかねない。

「り、リクオ様、どうしましょう~~~。」
「落ち着いて氷麗。えーと、こういう時は携帯で応援を・・・」

とリクオは服が凍っていない腕を動かそうとしたのだが、腕を動かせば当然肩や背中の服が引っ張られる訳で、背中からパキパキ・・・と嫌な音が聞こえてきた。

「う・・・動けない。」
「うう、すみません、リクオ様~~~。」

結局、後から追いついてきた青田坊がやってくるまで、二人はピタリと寄り添った格好のまま立ち尽くし、周囲の注目を集めまくっていたという。

 

 

 

バカップル万歳、な感じの話になりました。いかがでしたでしょうか?
最初は鳥巻コンビも出すつもりでしたが、それだとカナちゃんが合流していないのが不自然に感じたんですよね。
結果としてさらにイチャつけたので、まぁ良かったかなと(^^)。

補足すると、衣服の水分を固めてしまったのは、露払いの為に使っていた冷気が上手くコントロールできなくなった為なんです。
文中で上手く書けたらよかったのですが、上手くいきませんでしたね~。

さて、以下は蛇足というか、短かったしギャグで終わってしまうので、オマケとして別口にしました。
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オマケ

 

「っくしゅん!!」

翌日、見事に風邪をひいたリクオが学校を休み、自室の布団の中で寝ていた。

「リクオ様、おかげんはどうですか?」

ガラリと襖が開くと、大きなビニール袋と木の棒を持った氷麗が姿を現した。
その手に持つ道具にリクオはたらりと冷や汗を流すと、恐る恐る氷麗に質問する。

「あの、氷麗。一応聞くけど、その手に持っているものは何?」

氷麗は鼻歌を歌いながら、枕の上に木の台座をセットしつつ、リクオの質問に答えた。

「もちろん氷嚢をセットする為のものに決まっています。これが分からないなんて、そうとう熱が高いようですね。」

待ってて下さいね、とニッコリと笑う氷麗に、リクオは顔を引き攣らせた。


「もう氷は沢山だ~~~~~~~!!」