「おい、馬頭丸。なんだそれ?」
馬頭丸が鼻歌を歌いながら屋敷の奥へと向かおうとしていた所、素振り稽古をしていた牛頭丸が引き止めた。
「あ、牛頭丸~。これはね~、雪女から借りたCDだよ。」
「へ?お前、雪ん子から物借りてんのかよ。」
意外な返事の内容に、不機嫌も露わに牛頭丸が馬頭丸に詰め寄る。
「べ、別にいいじゃないか~。最近、『M●NKEY M●JIK』に嵌っちゃってさ。雪女も好きらしくて、貸してもらったんだ。」
「ふーん・・・お前、あいつと仲良いんだな。」
何やら黒いオーラを放つ牛頭丸に、馬頭丸は思わず後ずさりする。
そういえば、牛頭丸はどうも雪女の話になると機嫌が悪くなるな、と思いだした馬頭丸だったが、その本当の原因までは思い至る事が無く
「そんなに雪女の事嫌わなくてもいいじゃないか~。皆で仲良くした方が楽しいよ?」
と見当違いな事を言って、更に牛頭丸の機嫌を損ねてしまった。
「うるせぇ!!おいっ!それを貸せ!」
「あっ!」
牛頭丸はバシッと馬頭丸の手にあったCDを奪い取り、ジャケットをしげしげと眺める。
「ちょっと、牛頭丸~。それは今から雪女に返すとこなんだよ~。今日返すって約束したんだから、返してよ。」
「ふーん。今いないのにか?」
今の時間はリクオの護衛で一緒に学校に行っているはずなのだから、そう思うのも当然だろう。
「居ない時は、机の上に置いておけばいいって言われてるんだ。」
「・・・お前、まさかあいつの部屋に何度も入ってるのか?」
牛頭丸の顔がさらに険しくなり、背中が何やら膨らんでいるようにも見える。
「は、初めてだよ!武闘派の牛鬼組のボクが、女の子の部屋に行く訳ないじゃないか!」
本能的に危険を察知した馬頭丸が、なんとかこの危機を回避としようと出鱈目を並べ立てた。
実際には牛鬼組にも女は居るし、むしろ女遊びの一つや二つは無い方がどうかしている。
つららを含め奴良組の女達は、どうも自分を男として見ていない節があるのだが、それはそれで上手く使えば武器になるとさえ、馬頭丸は思っているぐらいだ。
「本当だろうな?」
「うん!もちろん!」
こんな話を信じるなんて、いつもの牛頭丸らしくないと馬頭丸は思う。
そもそも牛頭丸が雪女と険悪になるから、フォローが利くように自分が雪女と仲良くなろうとしているというのに。
そう馬頭丸は思うのだが、それがむしろ牛頭丸にとっては逆効果になる事までは、思い至る事が無かった。
牛頭丸は馬頭丸の方を一瞥してもう一度CDに目をやると、ニヤリと笑いながらCDを懐にしまい込んだ。
「俺も興味が沸いた。こいつは俺が聞いた後に返してやるから、安心しろ。」
そう言うと、牛頭丸は踵を返してさっさと自分の部屋へと戻っていく。
「ちゃ、ちゃんと返してよ、牛頭丸。怒られるのボクなんだからね~。」
そんな牛頭丸の背後から、馬頭丸が泣きそうな声で叫んでいた。
「別に借りた物を返しに来ただけだ。堂々としていればいい。」 とぶつぶつ言いながら部屋の中を忍び足で動く様は、他人が見たらさぞ滑稽に見えるだろう。 「こいつはここに置いて、と。ふん、色気のねぇ部屋だな。」 普段から、リクオの身の回りの世話だけでなく、奴良組の家事全般の手伝いもしているのであるから、自分の事に割ける時間などたかだか知れている。 そんなつららの部屋を無遠慮に眺めていた牛頭丸が、ふとある物に目を止めた。 「なんだ、こりゃ?」 ひょいと押入れの前の畳に落ちていたそれを拾い上げて見ると、てっきりメガネだと思ったそれは、布か何かで作られたぬいぐるみの類の一部らしい。 「ひゃ~~~~~、遅くなっちゃった!早く着替えないと!」 声が聞こえるという事は、今から出ても見つかる事を免れる事が出来そうにない。 (な、なんで俺は隠れているんだ!) そう心の中で思ってみた所で、もはや手遅れというものである。 (まてまてまて~~~~!これじゃあ俺が覗きをやっているみたいじゃねぇか!!) このまま覗いていては自分の沽券にかかわると、牛頭丸は柔らかい何かの間に潜り込もうとしたが、足を取られて滑り転んでしまった。 「誰!?」 声を上げるのだけは何とか抑える事が出来たが、流石につららに気付かれてしまった。 「大人しく出てきたわね・・・って誰?」 押入れから出てきた牛頭丸を見たつららは、悲鳴を上げる訳でも牛頭丸を罵倒する訳でもなく、警戒心を半ば解いて近付き、マジマジと牛頭丸の顔を覗き込む。 (う・・・し、心臓に悪い!) その時のつららの格好は、セーターを脱ぎ、ブラウスのボタンを殆ど外していた状態だ。 牛頭丸はゴホンと咳払いをして自分を落ち着かせると、つららにぺこりと頭を下げながら答えた。 「私、この度奴良組に入れさせていただいた新顔の妖ですよ~。」 声のトーンも高く。普段とは違った口調で。 「道に迷ってこの部屋に入ってしまって・・・それで、襖が突然開いたから、つい習性で隠れてしまったんですよ~。」 心の中では『何で俺がこんな事を!』と腸が煮えくりかえる思いをしている牛頭丸だが、だからといって、正体がばれて覗きをしていたと思われるのは、もっと不味い。 「そういえば、何かふわふわしたものが沢山・・・」 その事に気が付いた牛頭丸が、あれは一体何だったのだろうと疑問に思って振り返る。
そして時間が経ち夕刻も迫った頃、CDを返す事をすっかり忘れていた牛頭丸が、リクオ達が帰って来る前にと、誰にも見つからぬようこっそりとつららの部屋へと忍び込んだ。
その事に気が付いた牛頭丸は、バカバカしい、と肩を竦めると、何時ものように堂々と歩・・・こうとしたのだが、既にあと一歩で目的の机という所まで来ていた。
質素な感じの部屋になってしまっても仕方が無いというものだろう。
牛頭丸はこれは一体何だろうと眺めていると、聞き覚えるある足音と声が迫ったきた。
「げげっ、もう帰ってきやがったか。」
咄嗟に牛頭丸は、目の前の押入れの中へと隠れてしまった。
もう暗くなっている事もあって押入れの中は良く見えなかったが、どうも柔らかい何かが沢山詰め込んであるようだ。
ガラリと勢いよく襖が開くと同時につららが部屋へと転がり込み、衣装箪笥を開けて割烹着を取りだすと、即座に制服を脱ぎだした。
このまま押入れの中に居た所で、強烈な冷気を流し込まれるだけだろう。
そう判断した牛頭丸は、腹を括って押入れの中からゆっくりと出ていった。
一応セーターで胸元は隠しているが、しっかりと押さえたりはせず、とりあえず当てているだけな為、首元がはだけて普段は決して見えない鎖骨まではっきりと見える。
「あ~、そういえば最近急に増えたっけ・・・。」
そう、牛頭丸は女性に化けていた。
「そ、そう。なら仕方が無いわね。」
だが牛頭丸の心配を他所に、つららは牛頭丸よりも、その背後をちらちらと気にしていた。
それを見た途端、牛頭丸の目が驚愕に見開かれ、つららがヒィッ!と息を呑んだ。