守るという事

遠くに疎らにしか人明かりが見えぬ様な片田舎の広い草地に、年若い二人の男女が佇んでいた。
その手には提灯を持ち、周囲をほのかに照らしている。
星明かりの元でも美しい白い肌を際立たせている黒髪の女性と、長い銀髪を不自然になびかせている男性は、逢引きを楽しんでいるという風でもないようだ。

よく見れば、二人の周囲には多数の獣・・・ムジナの目が光っている。
爛々と輝くその眼は明らかに普通の獣のものではない。
二本足で立つ姿は異様であり、体型はムジナと人間の間といった所だろうか。
それは、化けムジナという妖であり、二人は化けムジナの群れに取り囲まれていた。

「やられたな・・・」
「申し訳ありません、若。私がついていながら・・・」

『若』と呼ばれた男は気にするなと手を上げて女の言葉を遮る。

「さすが化け狸の同類だな。見事な誘い方だったぜ?」
「おらたぢを狸なんかと同列にすんな。」
「何もんだ、おめぇたぢは。」

男はニヤリと笑うと、自分の顔がよく見えるように提灯を上げ、自信たっぷりに堂々と名乗りを上げた。

「奴良組若頭、奴良リクオ。」

 

ここは北関東のある妖一家の縄張り。
最近奴良組のシマにちょっかいを掛けてきていたため、小競り合いがしばしば起きていた。
そこにリクオがこっそりと様子を見に行った訳なのだが、つららに見つかり付いてこられた上に、ムジナにも見つかり化かされて、こうして敵地の真ん中へと誘い込まれてしまったのだった。


「あの奴良組のか。」
「これは都合がええ。」

自分達が罠にかけた相手が思わぬ大物であった事に、ムジナ達がざわめきたつ。
驚きの声を上げる者、喜びの声を上げる者、下卑た笑いを出す者など様々だが、どれも自分達の勝利を確信していることに変わりは無い。

「殺しでしまうが。」
「捕めえでしまうが。」

ムジナ達の目の輝きが増し、獣の輪が少しずつ・・・大きくなりながら円と連なり、まるで光の輪に取り囲まれたような錯覚さえ覚える。
仕掛けてくると、リクオとつららは互いに背中を合わせ身構えた。

「頭を剥ぐが。」
「どんな形をしでいるのが、楽しみだ。」

一定の距離を保ったままリクオ達に近付く訳でもなく、ムジナたちはぐるぐると円運動を始めた。
もしかすると、この動き自体が何らかの『畏』を表わすものかもしれないと、リクオは目線は周囲を警戒したまま、つららに話しかける。

「こちらから仕掛けるべきか?いくぜ、つらら。」
「はい、リクオ様。背中は私がお守りいたします。」

リクオが懐から取り出した盃の酒に波紋が刻まれ、炎が噴き出す。
その炎はムジナたちを焼き尽くす・・・はずだったのだが、悲鳴一つ上がらぬばかりか、炎の中をムジナたちが平然と歩き続けている。
炎の揺らめきがそのままムジナたちの姿を揺らめかせ、それが実体では無い事を証明していた。

「ちっ、厄介だな。」

幻覚の類で攻撃を当てさせない、という畏れなのだろう。
ある意味自分とよく似た業であるので仕組みはすぐに理解できるが、自分に使われるとこれが結構厄介だとリクオは舌打ちする。

「おったまげとる。」
「アッパトッパしとる。」

ゲハハハハ、とムジナたちの笑い声が周囲から木霊し、さらにムジナたちの目が爛々と輝きだした。
その眼の光のいくつかが、すぅっと持ちあがったかと思うと、眼の輝きが炎へと変わり、それが四方からリクオ達に降り注いだ。

「つらら!」
「はい、お任せ下さい!」

リクオは炎の攻撃に危機感を感じてつららの名を呼んだつもりだったのだが、つららはそれを、対応を自分に任せてくれたのだ、と勘違いして勇んで前に出る。
慌てるリクオを他所に、つららは自分達を中心に激しい吹雪を巻き起こした。
その吹雪が炎すら凍りつかせ、草々も氷砕けて草原が氷原へと姿を変え、幻覚さえも凍りついたかのように砕き散らした。

「どうです?リクオ様。これならば幻覚も通じませんよ。」
「やり過ぎだぜ、つらら。だが、これはいいな。」

さすがに体が冷えてリクオも身震いしたが、自分の髪に着いた霜を払うと祢々切丸を構えなおす。
だが、つららの攻撃で一度は消えた幻覚も、体勢を立て直したムジナたちがすぐさま復活させていた。

が、リクオはニヤリと笑うと、一足飛びに駆けて誰も居ないはずの空間に祢々切丸を振り下ろした。

「ぎぃやあああああああ!!」

断末魔の叫び声と共に、何も無いはずの空間から大量の血が噴き出し、やがて体を真っ二つにされたムジナが姿を現した。

「何だと!?」
「何でわがった!?」

次々と仲間を切り伏せるリクオに、ムジナたちは慌てふためきうろたえる。

「音だよ、音。」
「音?」

ニヤリとリクオは笑いながら、また一匹のムジナを切り伏せた。

「氷を砕く音さ。姿が見えても音が無けりゃあ、そこには居ない。
 だが、音が聞こえれば、姿は見えなくともそこに居るってわけだ。」

リクオの言葉を聞いたムジナたちが、ギクリと動きを止めた。
が、それも予定通りとばかりに、リクオはニヤリと笑ってつららに目配せする。

「我が身にまといし眷族・・・・風声鶴麗!」

つららの放った氷の刃が、何匹かのムジナの体を貫く。
当たるを幸いに放つだけの乱雑な攻撃ではあるが、数の多い敵に対しては十分有効な使い方というものだ。
これは堪らないと逃げ出すムジナを一匹また一匹と、リクオが仕留めていった。

もうこれであらかた倒し、勝負がついただろうとふと息を付いた瞬間、まるでその時を待っていたかのように、巨大な炎がリクオを襲った。
一瞬反応が遅れたリクオに炎が降り注ごうした寸前、リクオの前につららが割り込む。

「危ない!リクオ様!」

つららは氷の息吹を吐きながらリクオを庇おうとしたのだが、炎の勢いが勝りつららの体を捕えてしまった。

「ああ!!」
「つらら!!」

直撃を受けたつららの右肩は焼けただれ、今にも腕がちぎれ落ちそうなほど溶けている。
つららは動く左手で肩を押さえながら倒れ伏せ、そのままビクビクと体を痙攣させると、やがて動かなくなった。
その姿にリクオの目は大きく見開かれ、狂気を含んだ朱色へと染まりゆく。

つららを凝視するリクオの視界の端で、今までのムジナよりは2回りは大きい組頭と思しき巨大ムジナが、ニヤリと笑っていた。

「ぎゃはははは!思い知ったか!これでもうお前達の策は・・・」

そこまで言った所で、巨大ムジナの顔の中央に赤筋が走り、ずるりと上下にずれてゆく

「てめぇ!!よくもつららを!!」

取り憑かれたように巨大ムジナを切り刻み続けるリクオに、僅かに残ったムジナたちも恐れおののいて逃げ出してい。
怒りに我を忘れたかのようなリクオではあったが、かすかに聞こえる聞き慣れた声を逃す事は無かった。

「り・・リクオ様・・・もう・・死んで・・・います。」

息も絶え絶えなつららの呼びかけに、リクオは慌てて駆けよると、腕が落ちぬようにそっと支えながらつららを抱き上げる。
改めて間近で見たつららの傷の酷さに、リクオは胸を鷲掴みにされたような感覚にとらわれた。

「大丈夫か、つらら!」

リクオの呼びかけに、つららの目がうつろに彷徨い主を探そうとする。
おぼろげに捕えた主から発せられる声は震えていて、つららは安心させようと何とかニッコリと微笑みながら答えようとした。

「大丈・・・リク・・さ・・こそ・・・ご無・・・・・」

だが、ほとんど言葉にならない弱々しい呟きを返せるだけで、微笑む事さえ満足にできない。
さらに言葉を続けようとした所で、つららはがくりと頭を垂れ気を失った。

「つらら!しっかりしろ!つらら!!」

 

 

 


なんでこんな話を作ってしまったんだか・・・・
こんなシリアスにするつもりも無ければ、つららを酷い目に遭わせたかった訳でもないのですが、気が付けばこうなっていました。
時間を掛けて書いたせいもあって、書き方もいつもとちょっと違っているんですが、こういうシリアスもたまにはいいかもしれませんね。

なお、ムジナの喋っていたのは茨城弁で、「CASTANEA.JP」様の茨城弁変換を利用させていただきました。
サイトに書かれていましたが、変換ソフトとしては不十分なものだそうなので、正確な茨城弁とは多少異なりると思われますので、その点ご了承ください。

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