守るという事 2

リクオとつららが奴良邸に帰ると、屋敷は大騒ぎになった。
小規模とはいえ、縄張り争いが起きている時期に若頭が忽然と姿を消しただけでも騒ぎのタネだというのに、重体に陥ったつららを抱えて帰還したのであれば、当然といえば当然だろう。

鴆やその一派の者たちが治療している間も、リクオはつららの部屋の前を落ち着きなく何度も往復していた。

「リクオ様、どうか落ち着いて、お部屋でお休み下さい。」

そんなリクオの様子を心配していた側近達を代表して、首無が自室で休むようにと促す。
だがリクオは首無を睨むと、胸ぐらを掴んで声を張り上げようとして・・・視線を下に落とした。

「若、よく耐えてくれました。ここで騒いでは鴆様の治療にも障るというもの。さあ、あちらに参りましょう。」
「・・・ああ。」

ようやくリクオも落ち着き自室へ帰ろうとした所、リクオの背後でガラリと襖が開いた。

「鴆!」
「・・・リクオ、そこに居たか。都合がいい。」

暗い顔をしている鴆の様子にリクオが何かを感じ取り、鴆の両肩に掴みかかる。

「おい、まさか大丈夫じゃねぇ訳ねぇよな!」
「やれるだけの事はやった。後は雪女の体力・・・いや、運次第ってやつだな。」

リクオから視線を逸らしながら、バツの悪そうな顔をして呟くように鴆は答える。

「は?なんだそりゃ?」
「今夜が峠ってことさ。最後になるだろうから、顔だけでも見とけ。」

自分の肩を掴んだ手が震えだしたことに、鴆は顔を上げる。
目の前には、大きく目を見開き、自分の言葉など信じたくない、という顔をしたリクオの姿があった。
そんなリクオに掛ける言葉も見つからず、鴆は再びリクオから視線を逸らした。

「鴆様、それほど悪いのですか。」

言葉を失っているリクオに代わって、首無がつららの様子を尋ねる。
鴆は少しでもリクオが落ち着くようにと、肩にある震えるリクオの右手に自分の手を重ねてから、首無の質問に答えた。

「・・・腕は何とかくっついたんだけどな。
 回復する兆しがねぇから調べてみたら、内臓をだいぶ持ってかれてた。いくら妖怪だからって、あれじゃあどうしようもねぇ。」
「やはり炎が中にまで・・・」

二人の言葉に反応してビクッとリクオの手が震える。
そんなリクオの手を鴆は強く握りしめ、首無に応えるというよりは、リクオに言い聞かせるように言葉を続けた。

「ああ、肩が溶けて無くなるほどだ。周りも表面上の形を保っていただけで、中身はぐずぐずに溶けていたって事さ。
 よくまぁ形を止めていられたもんだと思ったが・・・見せたくなかったんだろうな。そんな姿を。」
「・・・」

予想以上に深刻な容態に、首無も言葉を失う。
リクオの方はというと、もはや完全に放心状態といった有様で、そんなリクオに離れて控えていた青田坊が側まで近付くと、腰をかがめてリクオの耳元に口を寄せた。

「若、部屋にお入り下さい。雪女に、一言かけてやっちゃあくれませんか。良くやったと。」

青田坊の言葉にリクオは体をピクリと反応させ、ゆっくりと青田坊の方へと振り向いた。

「どういう意味だ?『良くやった』だと?」
「へい。今回の事は若をお守りしての事です。側近としてこれ以上の働きはございません。その事をリクオ様御自身の口から褒めて頂ければ、雪女もきっと喜ぶ・・・」
「ふざけるな!」

リクオの怒声にも、青田坊はただ頭を垂れるだけで動じる気配はない。
そんな青田坊の態度にさらに怒りを覚えたリクオが、開いた襖の向こうに見えるつららを指差しながら、さらに大声を張り上げた。

「俺はこんな事をさせる為に百鬼を率いているんじゃねぇ!」
「リクオ様。百鬼を率いるという事は、こういう事もあるという事です。」
「首無、てめぇ!」

リクオが再び首無の襟元に掴みかかったが、首無に動じる気配は無い。
首無としては、リクオに『そもそも一人で勝手に行かれようとしたから、こうなったのです。これが許せないというのであれば、今後軽率な行動は慎んで下さい。』とでも言えば済む事だ。
そうすればリクオは大人しく反省するだろう。二度と勝手な行動もとらなくなるだろう。
だが、それではつららの慕ってきた、自由奔放で快活な若では無くなってしまう。

「リクオ様がより多くの者を守ろうとすれば、当然その分危険は増えます。そしてそれはリクオ様一人で守るものではありません。」
「そんなこたぁ判ってる!!」

激しく睨むリクオの目に、冷やかとも取れる毅然とした目で首無が答える。
首無は、つららの為にも、これだけは決して譲れないと考えていた。
リクオの責任ではなく、つららが自分の意思でやった当然の事なのだと納得してもらうために。

「皆で、それぞれが自分が出来る事で、互いに守ろうとしてこそ、達成できる事ではありませんか?雪女もまた、その為に働き、そして命を・・」
「まだ死んでねぇ!!」

首無の言う事は確かに正論ではある。
だがリクオにとってはこの諌めの言葉も、ただの理不尽な任侠世界の理にしか感じられない。

「そうです。ですから、どうか雪女に一言かけてあげて下さい。無駄にしないで下さい。」
「!!!」

いくら睨みつけようとも、首無の強い眼差しは怯む事無くリクオと向き合い逸らす事が無い。
理不尽も飲み込み、百鬼の主として更なる成長をしてくれなければ、つららが報われないではないか。
そんな強い意志を持った眼差しに、リクオの方が先に眼を逸らしてしまった。

やがてリクオは小さく「分かった。」と呟くと、ふらふらとつららの側へと歩みより座り込んだ。

「皆・・・悪いが、席を外してくれねぇか。」
「若・・・」
「頼む。最後まで看取らせてくれ。皆には悪いが、二人だけにしてくれねぇか。」

首無たちと鴆は顔を見合わせると、まず首無たちが黙ってその場を立ち去り、そして最後に鴆が鴆一派の小妖怪たちを部屋から呼び寄せ、襖を閉めて静かにその場を後にした。

 

「・・・」

それからしばらくの間、ずっとリクオはつららの傍らにだまって座ったまま、身じろぎひとつせずにその顔を眺めていた。
ただ眠っているだけのようにしか見えないのは、鴆の治療の腕のたまものか、それとも苦しみを感じる事さえできないほど深い傷を負ってしまったためか。

「つらら・・・」

リクオはそっとつららの手を取り両手で包む。
が、その手にいつものヒヤリとした感触が無い事に、リクオはつららに死が迫っているのだと直感した。

「嘘だろ?つらら・・・」

リクオは全身を震わせながらつららの手を強く握りしめ、自分の額に当てる。

「お前は・・・俺が・・・ボクが守らなくちゃいけないのに。そう約束したのに・・・」

いつもの夜のリクオの姿からは想像できないほどの大粒の涙を流しながら、リクオはつらら名を何度も呟きその手に頬ずりする。
流れた涙がつららの手を濡らし、その涙が凍る事も無く床へと滴り落ちた。
その事に余計に悲しみが増し、リクオの興奮もまたさらに増していく。

「おい、つらら!未来永劫守るって誓っただろう!あれは嘘だってのか!
 ボクが生きてる限り、ずっと側に居なくてどうする!」

興奮のあまり叫び声を上げ睨みつけたものの、その声にも視線にも何の反応もせずにただ眠り続けるつららを見て、リクオは全身から虚脱感を感じ始めた
リクオはつららの手を握り直すと、そのままつららに覆いかぶさるように崩れ落ちた。

「つらら・・・お前の居ない百鬼夜行なんて嫌だ・・・つららが居ないなんて嫌なんだ・・・頼む・・・死なないでくれ・・・」

体を震わし泣き続けるリクオの全身がほのかに光り始め、その光がつららの体も包んでいく。
リクオはその事に気付くこと無く、やがて泣き疲れそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 


あー、重い。そして長い。
やはりリクつらはラブコメが一番だと思うのですが、どうして私はこんなの作っているのでしょうか?

夜リクの涙に違和感を感じるかもしれませんが、昼が混じればアリだなと、思ったままに書いてしまいました。
読み返しても、私はアリだと思うのですが、皆さんはどう感じられたでしょうか?

なんとなく続きが分かってしまった方もいるとは思いますが、どうか最後までお付き合いください。

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