暗闇の中、激しい吐息が二つ入り乱れている。
それに交じって衣擦れの音と、そして女の鼻にかかったうめき声も聞こえてきた。
「リ、リクオ様・・・お止めになって・・・」
よく見れば、薄明かりの中、布団に組み敷かれたつららと、その体を貪ろうとしている夜のリクオの姿があった。
「つらら・・・!」
リクオからは何時ものような冷静さが感じられず、むしろ落ち着き無く、急くようにつららの体に触れ続ける。
「ちょ・・だから、お止め下さいって・・・・」
そんなつららの言葉を無視するように、リクオは更につららの体に覆い被さっていった。
今年、リクオは中学3年生となり、受験勉強に追われる毎日を送っている。
もう既に3代目に就任したのだから、別に学校になど行かなくとも良いのだが、今でもリクオは人間としての生活も楽しんでいたし、まだ暫らくは楽しむつもりのようだ。
本人が言うのには、『妖怪の寿命は長いんだから、もう少しぐらい人間の生活を楽しんだっていいだろ。』という事だ。
まぁ、3代目になったのだから、多少の事は目を瞑っても構わないだろう、と古参の妖怪たちも納得していた。
「リクオ様、寝支度に参りました。」
「あ!?ああ、いいよ、つらら。」
「??」
何時ものようにつららがリクオの部屋へとやってきた所、何時もとは違うリクオの返事が返ってきた。
慌てたような返事につららは首を傾げながらも、リクオの部屋へと入る。
どうやらリクオはまだ勉強をしていたらしく、バタバタと机の上に物を広げていた。
「勉強のお邪魔でしたか?こんな時間まで為さっているなんて、受験生も大変ですね。」
「え?あー、うん、そうなんだ。でももう終わるから、布団敷いても良いよ。」
何処となく焦った様子のリクオに、つららは再び首を傾げたのだが、深くは考えずに何時ものようにリクオの寝支度を始める。
「あまり、根を詰めすぎないようにして下さいね。」
「はは、ありがと、大丈夫だよ。」
布団を敷きながら自分の心配をしてくれるつららに、リクオは冷や汗を掻きながら返事をしつつ、ちらりと自分の机の引き出しに目をやる。
そこには、島から借りた・・・というよりは押しつけられた、お子様が見てはいけない本が入っていた。
(やっぱり似ている・・・)
開かれたページに載っている水着姿の女性は、つららに似た外見の持ち主だった。
島が学校でそれを自慢げに見せたのを、リクオは思わず食い入るように眺めてしまった為
『なんだ、やっぱお前もこういうの好きなんだな~。よし、一日だけ貸してやるよ。でも、汚すなよ?』
とニヒヒと笑いながら、島は遠慮するリクオの手に、半ば強引にこの本を持たせたのだった。
断わろうと思えば断れたのに、島の為すがままに受け取ってしまったのだから、興味があったのは間違いない事実なのだろう。
ゴキュリ・・・
実物を前にして比べてしまうと、先ほど考えてしまった事が、リアルな映像として頭の中に浮かんでしまう。
雪女であるつららでは、決して目にする事が出来ない姿・・・そう、ビーチでの水着姿。
リクオの目には、こちらに背を向けて布団を敷いているつららの姿が、何時もとは真逆の、申し訳程度にしか体を覆っていない水着を身に纏っているように見えてしまう。
そんなあられもない格好で布団を敷く様子はなんとも悩ましげで、リクオはポカーンとだらしなく口を開けて、じっとつららを凝視していた。
自分の中の血が熱くなるのをリクオは感じる。
つららは既に、皆が認める3代目の恋人、いや、扱いは既に許嫁になっていた。
周囲の者たちは皆、変わらず夜遅くまでリクオの世話を続けるつららを見て、『いつ後継ぎが出来るか楽しみだ』などと勝手な事を言っているが、現実はキスさえ滅多にさせてくれない。
そのキスにしても、軽く唇が触れるだけのキスで、前に一度不満をこぼしたら『まだ早いですから』とまるで自分を子供扱いされたように感じた事を思い出した。
なんで駄目なんだ。こんなにお前を求めているのに。
そうリクオが思った途端、気が付けば部屋のスイッチを消していた。
「え?リクオ様?」
確か勉強をしていたはずなのに、何時の間に部屋の入口に?と慌ててつららは入口の方へと振り向く。
驚くつららが闇夜に目が慣れるより前に、気配も無く目の前まで近付いてきたリクオが、敷いたばかりの布団の上につららを押し倒した。
「リクオ様!?何時の間に夜の姿に・・・。っ!?ど、どこを触っているんですか!?」
「そりゃ、もちろんつらら。」
「そういうことでは無くて!・・・!!」
つららはリクオの手の動きに息を呑み、ビクリと体を震わせながらも、何とか思い留まらせようと手を掴む。
だがリクオの腕の力に勝てるはずもなく、着物の乱れが抜き差しならない所まで広がっていった。