抵抗するつららの声に艶が入るようになった事に、リクオはさらに息を荒げ、いよいよ着物の襟を掴み勢いよく開こうとする。
「止めて下さい!」
その途端、強烈な冷気がリクオの手を襲い、一瞬にして両腕を凍りつかせた。
「おい、つらら。俺がそんなに嫌いなのか?」
唖然と自分の両腕を見ながら、リクオは呟くようにつららに問う。
今までまともに相手をしてくれなかったのも、もしかして、心の奥では自分を受け入れたくなかったからではないだろうか。
主の命令として、仕方なく恋人になったとでもいうのだろうか、と不満よりも不安がリクオの心の中によぎる。
「そ、そんな訳無いでしょう!?」
「だったらなんで、こんな事をする?」
驚き即座に否定するつららに、リクオはならどうして嫌がるんだと、自分の両腕を持ち上げつららに誇示する。
そして心の想いを誤魔化すように、リクオは恨めしくじっとつららの目を見つめた。
「そ、その、済みません。私が未熟なばかりに・・・」
「は?」
それを腕を凍らしたことに腹を立て、自分を睨みつけているのだと勘違いしたつららが、リクオから一歩離れると平伏して謝り始めた。
「常々鍛練は行っているのですが、なかなか時間も取れず、若輩者の私には、まだ夜伽のお相手が務まるほど冷気をコントロールすることが出来なくて・・・」
「へ?」
つららの言い訳を聞き、リクオは拍子抜けした声を出してしまった。
そんなリクオの様子に気付かずに、次々と自分の至らなさを次々と上げ謝り続けるつららに、リクオはニヤリと口元を綻ばせた。
つまるところ、嫌なのでは無く、したくても出来ない、という事なのか。
全く冷気を出さなければ、自分が大火傷するか、最悪溶けてしまう。
では冷気を出せばどうなるかというと、良くても風邪を引かせるし、最悪凍死させてしまう。
キスが触れるだけのものなのも、冷気に満たされた吐息でリクオが凍えないように、と思っての事だったらしい。
ずっと必死で鍛練しているという事は、それだけ自分を受け入れようと願っているという訳で、つららの必死の言葉に自分への愛情を感じたリクオは、つららの両肩を掴んで起き上がらせると、そっと優しく抱き寄せた。
「すまねぇな、つらら。そんな苦労させてたなんてよ。」
「と、とんでもありません!一日でも早く若と・・・あ・・・!」
つららは自分が今まで何を言っていたのか、その意味は何なのかという事にようやく気付き、ハッと息を呑むと顔を真っ赤にしてリクオの胸に顔を埋めた。
そんなつららの様子に、満足そうに目を細めてつららの頭を撫でていたリクオだったが、ふと気が付いてつららの体を少し離して問いかけた。
「なぁ、上手くコントロール出来るのって、時間かかんのか?」
「そうですねぇ・・・まぁ、100年も生きれば出来るようになると聞いていますよ。」
「ひゃく?」
さらっととんでも無い事を言うつららに、リクオは愕然とする。
じゃあ何年、いや何十年も、今のままだというのだろうか。生殺しにもほどがあるというものだ。
かといって他の女に手を出せば、嫉妬深いつららの事だ。どうなるか分かったものではない。
いくら長い歳月を生きる妖怪だといえ、リクオには我慢できるとは露ほども思えなかった。
「な、なぁ、他に手は無いのか?」
「他にですか?えーと・・・・」
藁にもすがるような目で、リクオはじっとつららの言葉を待ち続ける。
もし何も無いというのであれば、鴆に『冷気に強くなる薬草』を作ってくれと頼むしかない。
いったいどんな顔をされるか想像に難くないが、それでも何十年も待つよりはずっとマシというものだ。
「そうですね、人間に化けている時なら、若い雪女でも人間とでもできるって聞いたことがあります。」
「よし、それだ!」
思わず叫んだリクオの声に、ハッとなってつららは慌てて頭を横に振った。
「駄目ですよ!もっと冷気を上手くコントロール出来るようになってからでないと!
今の私じゃ、人間の姿の時でも火傷しかけたんですからね!万が一があっては困ります!」
そういえば、もうずっと前だが熱を出したとき、かなり熱がっていたな。とリクオは昔の事を思い出す。
今となっては懐かしい思い出だが、だがそれは昔の事のはずだ。
「もう出来るんじゃねぇのか?」
「そんな。人間の姿での訓練はしていませんでしたから、すぐには出来ないと思いますよ?」
つららの答えに、リクオはなんだか自分を拒否されたような気がして、拗ねた声で問いただす。
「じゃあ何時だよ。」
「そうですね、リクオ様が人間社会で言う『成人』された頃なら、確実だと思います。」
結 局 そ れ ま で 生 殺 し ?
リクオはしばし唖然とした顔でつららを見つめていたが、リクオの視線に頬を赤らめながら顔を逸らすつららの仕草を見て、もう我慢でない、と言わんばかりにつららの肩を掴んで顔を近付けた。
「リクオ様!?」
「そんなに待てるかよ。だったら特訓すればいいだけだろ?ようは慣れだ。
だからつらら、人間に化けろ。」
リクオの雰囲気に嫌な予感を覚えたつららは、リクオの体をぐいっと押して自分の顔を引き離しながら即答した。
「だ、駄目です!どんな特訓をするつもりなんですか!?」
「え?そりゃもちろん・・・」
手をワキワキと嫌らしく動かすリクオを見るや、つららの中で何かがブツンと千切れる音がした。
「いいかげんにしなさ~~~~~い!!」