牛頭丸は、人間が堂々と化け物屋敷を闊歩することにこっそりと眉をしかめたが、リクオの後ろに続く、桃色の着物姿のつららにハッとする。
髪も結い上げ、恥ずかしげにこちらをチラリと見遣る姿にドキリとした。
と、臆することなく笑顔で言う。 「あ、ありがとう、馬頭。」 「そうだ、今夜のご飯、何?」 「えと、今日はお魚と筑前煮…。」 「…及川さん、知り合い…?」 「あ…あの、えと…。」 なぜ、リクオの家の人間と、つららが親しげに話をしているのか。 牛頭丸がハッとして馬頭丸を肘でつつくが、馬頭丸は何を言われているのか気づかぬ様子で、 「馬鹿、まだだろ!?」 「諦め悪いなあ、牛頭。」 ケラケラと笑い、顔をしかめている牛頭丸と共に廊下の向こうに去っていく。 思わぬ発言に口をパクパクとさせ、真っ赤になっている氷麗だが、隣のリクオも何やら照れて赤くなっている。 「ねえ…今のって、どういう意味…?」 リクオに問えば、リクオは真っ赤な顔を小刻みにプルプルと振り、 乾いた笑いを浮かべるばかりだ。氷麗は、照れてリクオの背に隠れ、袖で顔を隠している。 (絶対に怪しい…!) 「残念やなー。」 という心のこもらぬ言葉に、清継もがっくりと肩を落としたのだった。 「つ、次こそは…!」 そう言う清継を宥め、皆は内心 (ま、そんなもんだよ。) と呟く。 氷麗は、汚れた服を口実に、これ幸いとリクオと共に皆を見送る。 「帰り、一人で大丈夫?」 心配する鳥居に、リクオが 「僕が、後で送るから。」 と言えば、 「ヒュー♪熱いなぁ。」 巻がからかう様に声をあげる。 「それじゃ、またね…。」 門前に並んで手を振るリクオと氷麗に、皆、思い思いに手を振り、帰路に着く。 「今日は、残念だったなあ…!」 歯がみする清継に、ゆらは 「ま、妖怪やし、夜に来たらえーんとちゃう…?」 他人事のように答え、ずっしりと重い土産の袋を満足げに抱える。 「及川さんの着物…」 うっとりとする島に、巻がクスクスと笑う。 「島は、本当に及川さんが好きだよねー。」 「でも、さ…及川さんて…。」 鳥居と巻が目配せをする。 先ほど、振り返った目に映ったのは、そっと寄り添い、手を振るリクオと氷麗。 (…変なの…。) けれど、胸にモヤモヤと産まれるこの感情は、名を付けるのなら、「嫉妬」という言葉が相応しいのだろう。 (そんなの…どうして…。) きっと、自分が置いて行かれているような、寂しさなのだろう。そう、言い聞かせる。 (私だって、リクオ君のこと、色々知ってるんだから。写真だっていっぱいあるし。) できればこのまま、気づかずに居たい。 そう、折れそうな程に細い二日月にひっそりと願い、黄昏を後にした。 ―了―
(うわ…。)
立ち止まる牛頭の後ろから、馬頭丸がひょこりと見遣り、
「うわ、つらら、どしたの?それ。珍しいね~。すっごい可愛いよ。」
そこまで言い、つららはハッとする。
カナが、不思議そうにこちらを見ている。
しかも、彼女が夕飯を作り、少年が食べる…?
「おい、馬頭…。」
「つらら、その格好だと小さい若菜様みたいだよね~。若奥様っぽいなぁ。」
「な…。」
揃って赤面する二人に、カナは益々もって、疑惑の目を向ける。
「ど、どう意味って…どういうこと、だろね…?ハハ、ハハハ…。」
その寄り添う姿が嫌に似合って、カナは悶々としてしまう。
ジト目でこちらを見遣るカナに、リクオは妖怪とはまた異なる「畏れ」を抱いたのだった。
結局、その日は妖怪が見つかるわけもなく。ゆらの
そうそう、同級生の家が妖怪屋敷であるものか。
「それじゃ、私はお洗濯して貰ってる服がありますので、もう少しお邪魔してから帰りますね。」
『既に夫婦だよねぇ?』
思わずハモり、ケラケラと笑う。
誰と、とは皆まで言わぬ。が、横で聞いていたカナにも、それは誰を指すのか分かる。
まるで若夫婦のような二人の姿に、カナは何故か、胸がズキリ、と痛む気がした。
その場所には、自分が居てもおかしくは無いはずなのだ。幼馴染みで、仲の良いリクオとカナなら。
けれど、ただ単に、「仲の良い」だけでは足りない。「恋心」がそこに無ければ。
そこまで考えて、カナは思いとどまる。
妖怪の主に心を惹かれているはずなのに、同時に幼馴染みの隣に居たいと願うなんて。
胸がひどく苦しい。
リクオと氷麗を深く知るほど、自分の知らなかったリクオの表情を知る。今まで見たことの無かった、幸せそうな笑顔を。
赤く染まる夕暮れに目を向けて、
(こんなに、綺麗な夕暮れだから。だから、変な気分になるのよ。きっと。)
自分に言い聞かせるようにして、想いに蓋をする。