日も明けて間もなく、いつものように奴良邸の厨房は、朝食の準備で大忙しだ。
だがその中、普段ならだれにも負けないくらいに動いているはずのつららが、のろのろと所在無げにうろついていた。
「え~~~と。次は・・・何するんだっけ?」
「ちょっと、つらら。何ぼーっとしてんのよ。」
最初は単に寝ぼけていただけだと思っていた毛倡妓だったが、何時まで経っても食事の支度に取り掛からないつららに苛立ち発破をかける。
「え?あ、ごめんなさい・・・」
「・・・ねぇ、あなた大丈夫?」
心ここにあらず、という感じのつららの返事に、毛倡妓も心配になって支度の手を止め、つららの様子を伺う。
「そう、ね。良くないかも。」
「どんな感じに?」
つららは壁に背を持たれかけさせ、目を閉じ前かがみになって腰に手を当てると、ゆっくりと話し始めた。
「なんだか頭がぼーっとして、それに体のあちこちが痛いの。」
「え、それって・・・」
つららの言葉に、毛倡妓の顔がサッと青くなる。
「特に立っていると腰のあたりが痛くて。何だかすぐ疲れた感じもするし・・・スゥ」
「ちょ、ちょっとまってつらら!」
つららが大きく息を吸ったのを見て、叫び声と共に飛び跳ねるように毛倡妓がその場から飛び退く。
それと同時につららが大きな溜息・・・冷気の込められた・・・を吐いてしまった。
あの程度の溜息なら、せいぜい目の前の物に氷が張る程度のはずなのに、せっかくの食材が氷の塊となっている。 「つ、つらら!あんた直ぐ部屋に帰りなさい!」 「ご、ごめんなさい。そうさせて・・・は・・・は・・」 「ひぃ!!」 つららがくしゃみの仕草をした途端、毛倡妓を始めとした全ての妖達が、悲鳴を上げ厨房から我先にと逃げ出す。 「はっくしょん!!・・・あ゛~~、もしかして、これって風邪?」 ぼーっとしながらも、ようやく自分の状態を把握できたつららが、なら寝ないと、とのろのろと歩き出す。 「雪女でも風邪を引くのね、変なの・・・っくしゅん!」 と廊下でも何度かくしゃみをしながら、自室へと戻って行った。 恐々と毛倡妓が再び厨房に戻ると、その有様に手に持っていたまな板の盾(?)をぽろりと落とす。 「前も凄かったけど・・・これ、マジで?」 厨房の中は、熱せられた釜まで含め全てが完全に氷漬けとなり、逃げ遅れた犠牲者の哀れな氷の彫像が立ち尽くしていた。 異変を感じバタバタと駆けつけて来た首無が、厨房の惨状を見てぎょっと驚く。 「首無、大変よ・・・つららが風邪をひいたわ。」 「何!?・・・それじゃあ、やっぱりあれもつららの仕業か。」 首無が指差した廊下の先には、凍りついた数々の襖と、そして氷漬けとなった何体もの彫像が点々と立ち並んでいた。
ピキピキピキ
「ハッ!しまった!・・・って、あ、あれ?」
しかも、厨房全体に氷が張っているではないか。
調理の為に起こしていた火が消えていなかっただけ、まだマシという所か。
そういえば、風邪なんて初めてかしら?と首を捻りつつ
「な、なんとか間に合った・・・・」
「お、おい毛倡妓!いったい何が起きたんだ!・・・って、うわっ!?」