『雪女風邪対策本部』『警戒態勢中』『マジ危険』『最新吹雪情報はこちらへ』
そう書かれた幾つもの張り紙に冷や汗を掻きながら、リクオは襖をがらりと開けた。
「みんな、つららが風邪って本当?」
中には首無、青田坊、黒田坊、毛倡妓、黒羽丸、ささ美、そして3の口が首を揃えて深刻な顔をしている(たぶん、3の口も)。
ちなみに、河童とトサカ丸は犠牲者を安全な場所に運ぶ役目を担っていた。犠牲者の中には鴆もいたという。
全員がリクオに頭を下げ、そして首無が困った顔をしながら返答した。
「若、本当です。雪女が風邪を引いてしまいました。」
「なんでみんなこんな所に居るのさ!ちゃんと看てやらないと!ボク、様子見て来るね!」
「「「駄目です!!」」」
リクオが飛び出そうとした所を、首無の紐と、青田坊の巨大な腕と、そして黒田坊の錫杖ががしりと押さえつけリクオを部屋へと引き摺り込む。
「ちょっ!!何やってんだよ!!」
「若!危険です!張り紙見なかったんですかい!?」
「あれって何!?危険って冗談だろ!?」
青田坊の言う事は、リクオには何の事だかさっぱりだ。
「若頭、雪女は風邪を引くと、意図せず周囲の物全てを凍りつかせるのです。」
「へ?」
「昔からこういう言い伝えがあります。」
至極真面目な顔の黒羽丸の言葉の力に、リクオも大人しくなり素直に耳を傾ける。
「どんな?」
「『もし雪女が”風邪”なら、遭遇してはならない。人も、炎も、妖も、全部凍らされる。』と。」
「・・・・」
シーンと辺りが静まり返り、やがて手を震わせながら、なんとかリクオが声を絞り出す。
「え~と、それって本当?・・・なんかどこかで聞いたような・・・。」
「本当です。」
キッパリと即答する黒羽丸の目は、いつものように何処までも真面目だ。
「あー、でも、それって大げさなんじゃないの?」
「若、何を言われるのです!あの時の事をお忘れですか!!」
突然、力いっぱい拳を握りながら号泣する青田坊の迫力に、リクオはびっくりして後ずさる。
「青田坊、あ、あの時って何さ?」
「忘れもしません、まだ幼かった雪女が風邪を引いた時・・・・」
いや、それボクが生まれてるかどうかって時の事だよね・・・と思わず呟くリクオだったが、そんな言葉など熱く語り始めた青田坊の耳に聞こえるはずもない。
「よりにもよって、まだ乳飲み子であったリクオ様を、あろうことか凍りつかせてしまったのです!!」
え?それってボク死んでない?
サーっと体全身が真っ白になっていくリクオの周りでは、側近達が当時の事を思い出し涙目になってウンウンと頷いていた。
「ほんの一時間ほどで融けましたので、大した冷気ではございませんでしたが。」
「ええ!?一時間も!?」
それ大した冷気だよ!!なんで生きてるの!?当時のボク!!
あまりの衝撃の事実に、上手く声も出せず心の中で叫び続けるリクオ。
そんな彼の心など気付くことなく、首無と毛倡妓もまた、懐かしそうに目を細め昔の事を思い出しながら語り合う。
「でも流石はリクオ様。慌てる我らを他所に、氷が溶けるなりとても元気な声を上げられて・・・。」
いや、それたぶん叫び声!きっと普段と違ってたと思うよ!?
母さんは何してたの!?
「リクオは強い子ね~、と若菜様も笑っていらしたわ。」
母さん~~~~~~
「おや、リクオ様、どうなされました?」
突然畳に突っ伏したリクオに、冷気にやられたのではないだろうかと、首無が心配そうに声をかける。
リクオの受けたショックは大きかったが、今はそれどころでは無い。
顔を上げ首無と目を合わせると、何時もの調子に戻って仕切りだす。
「いや、なんでもない。それよりも今はつららの事だ。
このまま放っておいていいわけが無い。
鴆君が当てにならない以上、ボク達で何とかするしかない。
何かいい案はある?」
リクオの言葉に、皆が『う~ん』と首を捻る。
その中から、黒羽丸が膝でにじり出てきた。
「黒羽丸、何かあるんだね。」
「はい、若頭。雪女の風邪の治療には、ある特効薬があると伝えられています。」
本当とは未だに思えないが、あの妙な伝承まで知っていたんだ。ほかに何か知っていても不思議ではない。
そうリクオは思い、ゴクリと唾を飲み込み、黒羽丸の言葉を待った。
「それは何?」
「それは、『愛情』です。」
「・・・は?」
至極真面目な顔から何やら奇妙な単語が出たぞ、とリクオは元より、他の側近達も皆、その場に完全に固まった。