撃墜王つらら

平日の奴良邸の朝、早く学校に行こうとリクオが玄関で靴を履きながら、まだ来ぬ側近達を呼んでいる。

「つらら~出かけるよ~。早くしないと先に行っちゃうよ~。」

「わわわ、待って下さい!リクオ様!」

予想通りつららが慌てながら駆けてきた事に、リクオはくすっと微笑む。
さて今までの実績は、ここで転ぶ確率が1/3、玄関下まで靴を履かずに飛び出す確率が1/3、残りは無事で済むのだが、さて、今日はどうなるかな、とリクオはどうなっても対処できるよう待ち構えていた。

ところがつららは、まるで滑り込むようにリクオの前に飛び込んで正座すると、いきなり深々と頭を下げ泣きながら謝り始めた。

「申し訳ありません、リクオ様!」

「え?い、いったいどうしたの?」

「私達側近がリクオ様をお守りしなければならないというのに!あろうことか、酔い潰れてしまうなどと!!」

「へ?」

そういえば、昨日は何やら随分遅くまで宴会をしていたような・・・
しかし、下戸の首無ならともかく、青田坊が酔い潰れるなんて、いったいどれだけ飲んだというのだろうか。

「あ・・・」

「そこで代わりの者を選んで・・・どうかされました?リクオ様?」

昨日の夜中の事を思い出したリクオが、しまったと思わず声を上げてしまう。
・・・昨日の夜、自分が勉強しているにも関わらず夜中まで騒いでいる皆に腹を立て、そして夜の姿に変身したボクが、鴆君のところから借りてきた怪しい薬を取り出し・・・明鏡止水で誰にも気付かれる事無く、青田坊たちに一服盛ったのだった。

「あ~、いや、なんでもないよ、つらら。
 それに気にする事無いって。護衛はつららがいれば十分だよ。」

「若!そういう訳には参りませんぞ!」

「げっ、烏天狗。」

いつの間にかフワフワと飛んできた烏天狗が、「そもそも護衛とは・・」と昔の事を話し始めた。
こうなると、烏天狗の話が何時まで続くか分からない。

「別にいいだろ、じゃあ時間無いから、ボクもう行くよ。」

「ああ、若!!」

そんな小言に付き合っている暇は無いと、リクオは踵を返すと駆け出して、さっさと奴良邸を脱出してしまった。
置いてけぼりをくらったつららがしばらくポカーンと眺めていたが、ハッとしてリクオを追いかけようと駆け出す。

「リクオ様!待って下さ~~~い!」

「ああ、まったくけしからん!雪女!後で護衛の者を送るからな!」

リクオを追いかけるつららの背中に、烏天狗が頭から湯気を出しながら叫んでいた。

 

 

 

そしてリクオ達は無事学校に辿り着き、つららは何時ものように屋上へと登る。
いつもと違って一人で登る屋上というものは何か淋しさを感じさせ、つららはふぅ、と溜息を吐いた。

「なんだ、一人じゃ怖いってのか?ま、弱っちいお前じゃしょうがねぇか。」

誰の居ないはずの屋上で突然声をかけられ、つららは慌てて声のする方を見てみると、牛頭丸が貯水タンクの上から自分を見下ろしていた。

「牛頭丸!?なんであなたがここに!?」

「烏天狗に聞け。なんで俺があいつの護衛なんか・・・」

そういえば出掛けに護衛を送ると言っていた気がするけれど・・・まさか、よりによって牛頭丸だなんて。
最悪の相棒をよこした烏天狗に、恨みごとの一つも言いたい気分だが、今はそれどころではない。

「嫌なら帰りなさいよ。私一人で十分よ。」

「お前じゃ頼りにならないから、俺が来てやったんだよ。文句があるなら、烏天狗に言うんだな。」

「ぐぐぐ・・・」

言いたいのは山々だが、ここに居ない相手に文句を言った所でどうにもならない。
それに、烏天狗が寄こした以上、強引に追い返すわけにもいかない。

つららは悔し涙を滲み出しながら牛頭丸を睨んだのだが、それが返って彼を喜ばせている事に気が付いていなかった。

「お?どうした?何か言いたいんじゃねぇのか?」

嬉しそうに薄笑いを浮かべている牛頭丸の表情が、自分を馬鹿にしているようにしか見えなくて、つららはさらに腹立たしくなってきた。

「くくく、まぁ宜しく頼むぜ。」

牛頭丸は貯水タンクから飛び降りると、怒りを堪えてプルプルと震えるつららにズイッと顔を近付かせて、ニタリと嬉しそうに笑う。
が、その顔が驚きの表情へと変化し、つららの後ろ・・・屋上の出入り口の方をジロリと睨んだ。


その変化に気付いたつららが、『もしかして敵が!』と勘違いしてその場から飛び退きながら素早く振り向く。
キッと睨んだその先には、巨大な人影が立っていた。

「姐さん、俺ですよ。猩影です。」

「え?猩影くん?」

「なんでてめぇがここにいんだよ。」

ぺっと唾を吐きながら、牛頭丸は敵対心も露わに猩影に詰め寄る。
だが、猩影はそんな牛頭丸が眼中にないかのように、つららに笑顔を向け話しかけた。

「つらら姐さん、今日は護衛が姐さんしか居ないって聞きましてね。
 で、退屈だったし、いっぺん護衛ってやってみたかったもんで、ここに来たって訳なんですよ。」

「貸元のお前が護衛してどうすんだ。それに俺がいるから一人じゃねえ。お前はさっさと帰るんだな。」

「ちょっと牛頭丸、せっかく来てくれたっていうのに、何て事言うのよ!」

「じゃあお前は貸元に護衛をやらせていいとでも思ってんのか?」

つららが猩影の肩を持った事にムッときた牛頭丸が、つららにも喰ってかかる。
返事に詰まったつららを庇うように、猩影が牛頭丸とつららの視線の間に割り込むと、不敵な笑みを浮かべながら言い返した。

「俺は3代目との繋がりを大切にしたいんでね。
 アンタだって、牛鬼組の若頭なんだろ?だったら俺と似たようなもんじゃないか。」

「俺は本家預かりだからいいんだよ。」

「そんな事、自慢げに言う事じゃないだろ。」

「んだとぉ!」

睨み合いながらぎゃあぎゃあと言い争い始めた牛頭丸と猩影に、つららはただオロオロするばかりだ。
まさか二人の言い争いの本当の原因が自分だとは知らずに、『リクオ様の事を考えてくれるのはいいのだけれど・・・』と的外れな事を考えている。

その間も言い争っていた二人が、同時につららの方を向いた。
ドキッとしたつららに、牛頭丸が詰め寄り問いただす。

「俺とこいつと、どっちがいいか「猩影くんに決まってるじゃない。何当たり前の事聞いているのよ。」

問いかけの途中でズバッと言葉で切り捨てられた牛頭丸が、がくりと両手を床につきうな垂れる。
容赦ないな~、と猩影は苦笑いをしながら腰をかがめて牛頭丸の耳元に口を寄せると、止めの言葉を吐いた。

「ま、当然だけどね。」

「~~~~~~~~っ!!
 ちくしょう!!こうなったら意地でも護衛をしてやるからな!!覚悟しろ!!」

何故一緒に護衛をするのに覚悟が必要なのか、とつららは冷や汗を掻きながらジト目で牛頭丸を睨むと、ハアッと溜息を吐いた。

「仕方が無いわね。3人で護衛するわよ。」


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