授業中の時間、何処から調達したのか浮世絵中学校の制服を着た猩影とつららが、和気あいあいと話しながら見回りをしていた。
もっとも猩影は背の高さや顔立ちのせいもあって、どうみても中学生には見えないのが難点なのだが、二人はどうもその事に気が付いていない。
そしてそれを屋上から双眼鏡で覗き見る、牛頭丸の姿があった。
「ほんと、猩影くんがいて助かったわ。」
「俺がいると、見回りも楽しいし?」
おどけた調子で笑いながら応える猩影に、つららも楽しそうに笑い返す。
「けっ、何笑ってんだよ。」
つららの楽しそうな姿に、当然牛頭丸は面白くない。
今は自分は『見張り番』という事になっている。
こうして双眼鏡で不審者がいないかを見回る役目をもっているのだが、牛頭丸は『過保護すぎるんだよ。』と見張りなどせずに二人の事ばかり見ていた。
だが、楽しそうにしている二人を見てもイライラするだけだ。
「まったく、何話してんだよ。」
いい加減我慢できなくなった牛頭丸は、二人が戻って来た時にここに居ればいいだろ、と勝手に決め付けて、屋上を離れ二人の後を付けることにした。
(けっ。そんな事、俺はもうとっくに知ってるぜ。) つららが聞いたら間違いなく凍らされそうな事を思いながら、牛頭丸は二人の話を聞き続けた。 会話が食料の買い出しの話に移り、買物の量が多くて大変だ、とつららのぼやきを聞いた猩影が、ここが攻め所だとニコリと笑ってある提案をした。 「そうだ、つらら姐さん。今日のように護衛が一人しかいない時や、姐さん一人で買物に行く時は、俺を呼んで下さいよ。 本家との繋がりをもっとしっかりしたいですからね~。と装いつつ、本心はもちろんつららに会う為だ。 「駄目ですよ、そんなこと。 「その2代目を『くん』呼わばりするのはいいのかよ。」 つららが大慌てで猩影の申し出を断った事に気を良くした牛頭丸は、つい何時もの調子でボソリと呟いた。 猩影の方はというと、そういう返事を予想していたのか、特にショックを受けた様子もなく、ニコニコ笑い続けている。 「じゃあ居合わせた時だけって事で。それならいいでしょう?」 「う~ん、まぁ、それぐらいなら・・・」 (まぁ、部下には本当の目的さえ言えば、どうとでもなりそうなんだけね。) そう思いつつも、あまり強引に行っては事を仕損じるかもしれないと、とりあえずまずは第一歩、と猩影としては大満足な結果だった。 この事に面白くないのは牛頭丸だ。 (そうだ、あいつに釘を刺させてみようか。どんな反応するか見るのも面白そうだしな。) 牛頭丸は周囲を見回して目的のモノを見つけると、ニヤリと笑ってその場を離れていった。 「そういえば、こうして話をすると、見上げるようになっちゃいましたね。」 「はは、そうですね。」 牛頭丸の悪巧みの事など知る由もない二人は、楽しそうに談笑し続けていた。 「昔は逆だったのに、月日が経つのは早いわ~。」 リクオ様も昔は小さかったのに、今では同じぐらいの視線だし。とリクオの話が出てきた事に、猩影は何やら嫌な予感がしてきた。 「でも、夜のお姿の時は私よりも背が高いから、きっと将来は人間のお姿でも私より背が高くなると思わない?」 「え、ええ。」 その後も、見回りの間中ずっと、つららによるリクオ尽くしの話が延々と続いた。 (うう・・・ある意味地獄だ・・・) ほとんど惚気話に近くなってきたつららの話の内容に、猩影の心は落ち込むばかりだ。 「誰だ?あいつ?」 「ウチの学校の制服だけど・・・なんかおかしくない?」 休み時間に入った生徒達の間で、やたらと目立つ二人組の噂が広がっていた。 牛頭丸が幾人かの生徒を少しだけ操り、二人の居る方向に注意を向けさせたのが事の始まりだった。 「かっこいいね。彼氏かな?」 「あれ?奴良とデキているんじゃなかったっけ。」 「まさか二股とか。」 「うそ~~~。」 この手の噂というものは、対象が美女であるほど悪い方向へと傾いていくものである。
気配を殺して近付いてみると、二人の話し声が聞こえてくる。
どうやら猩影のさり気ない誘導で、つららは自分の日常についてあれこれ話してしまっているようだ。
護衛として役に立つし、いい荷物持ちなるし、楽しいし、俺も本家に顔を出すいい口実が出来るってもんです。」
その事に気がついた牛頭丸は益々面白く無いわけで、けっと唾を吐き捨て、なんとか飛び出したい気持ちを抑えつけた。
たまたま居合わせてくれた時でも問題なのに、呼び出すなんて、外部に失態を晒す事になりかねませんから。
それに、今じゃ猩影くんも、関東大猿会の2代目なんですよ。
それを買物の度に呼び出すなんて、そんなことしたら、大猿会の部下に示しがつかなくなりますよ?」
何か理由を付けては本家に顔を出すようになるのは目に見えている。
つららにしてみれば、猩影の『本家(=リクオ)との繋がりを大切にしたい』という言葉を真に受けて、リクオの事も色々と話したいと思っただけなのだが・・・
それでも笑顔を絶やさぬ辺りは、見上げた根性と言うべきだろうか。
「ねぇ、あれって確か奴良くんにいつもくっついている・・・」
ある者はしきりに噂話に尾ひれを付けて広げまわり、ある者は真偽を確かめにわざわざ二人が居たという場所まで足を運んでいる。
猩影との話(主にリクオの事)に夢中になってしまったつららが、生徒を見かけたら姿を隠す事をうっかり忘れてしまっているということもあり、目撃者の数はあっという間に多くなっていった。
そういった事情など知らない猩影が周囲の視線を気にするはずもなく、逆につららが堂々としている事に、『人目についても良いんだな。』と誤解してるぐらいだ。
そして様々な勝手な憶測の交じった噂がリクオの元へと辿り着くのに、それほど時間はかからなかった。