リクオ、護衛となる

「青田坊・・・氷麗、どうしたの?」

「さあ・・・とにかく走ってますなぁ。」

浮世絵中学校の校舎の中を、氷麗が忙しなく動き回っている。
何となく心配になって様子を見に来たリクオと、そのリクオの護衛をしている青田坊が、不思議そうに眺めながら、何事だろうかと氷麗を見守り続けていた。

「師走・・・だから・・・?」

よく解らないので、とりあえず適当な事を言ってしまったリクオに、青田坊はハハハと苦笑いしながら答える。

「さあ、それは分かりませんが。
 ・・・しかし、こうしていると、雪女と一緒にリクオ様を護衛している時と同じですな。」

「え?一緒にって?」

「はい、まぁ、バラバラの時もありますが、雪女と一緒にリクオ様の護衛をしている時は、丁度リクオ様と雪女の立ち位置が逆でしてね。」

つまり、リクオと氷麗を入れかえれば、いつもの護衛と同じ構図であるという事で、その事に気が付いた青田坊が、ニヤリと口元を緩ませていたということだ。
リクオも『なるほどー』と頷いていて、ふとピーンと閃き青田坊を楽しそうに見上げた。

「ねぇ、青田坊。」

「な、なんでしょうか、リクオ様。」

青田坊は、そんなリクオの顔を見ただけで冷や汗を掻いていた。
つららと同じように、彼もまた知っているのだ。
この顔は何か良からぬイタズラを思い付いた時のものだと。

「せっかくだし、このまま氷麗の護衛をしてみない?」

「・・・はあ?どうしてまたそのような事を・・・」

何を言い出すのかと、青田坊は眉根を寄せる。
主が側近の護衛などと、イタズラという範疇のものではないだろう、と。

「こういう経験を一度してみたかったし、護衛する側の気持ちを知るのも大切かなって。」

「そんなことなどせずとも・・」

「護衛をする者の立場から物を見れば、普段の振る舞い方とか、護衛される側としての勉強にもなると思うんだ。
 ね、だからいいだろ?」

実際の所は、つららの事が気になって仕方がないだけなのだが、そこはぬらりひょんの特性というべきか。

もっともらしい事を言って青田坊を納得させてしまうと、その日からつららが一人になった時を見計らって『護衛』をするようになった。

 

 

そして今はここ、錦鯉地区へとリクオと青田坊が来ていた。
もちろん『つららの護衛として』である。

つららはここの管轄を任されたのであるが、やはり若く見た目も弱そうな女の子、となれば素直に荒鷲一家が従うはずもなく、『飾りの頭』として軽く見られていた。

 

「・・・・」

「リクオ様、宜しいですか。」

「分かっているって、青田坊。ここでボクが出ていっても、つららにとっては良くないって事だろ。」

「はい。」

そんなつららの様子をジッと睨むように眺めているリクオの姿を見て、青田坊は下手に手出しをしないようにとリクオに釘を刺そうとしたのだが、それもただの老婆心だったようだ。

「ボクが出てけば表面的には従うようになるだろうけど、それじゃあ駄目なんだ。
 つららが自分の力で、彼らに認められないと、彼らはつららにとって本当の力にはならない。」

「はい、さすがはリクオ様。その通りです。」

リクオとしては、頭では分かっているのだが、やはりイライラしてしまう。
口に出す事でなんとか気分を抑えようとしていた所で、リクオは嫌なものを見てしまった。

「かかか・・・バッカだなー雪ん子ぉ。」

本家預かりから解放された牛頭丸と馬頭丸が、つららをからかい始めたのだ。

つららの護衛をするようになってすぐ気がついたのだが、どうも牛頭丸と馬頭丸は、時々つららを付けているらしい。

顔を真っ赤にし恥ずかしがる氷麗をみて、リクオはカッとなり身を乗り出した。

「あいつ・・・!」

「駄目ですよ、リクオ様。」

飛び出しそうになったリクオの肩を、青田坊が掴んで押し止める。

「ついさっき『分かっている』とおっしゃったばかりでしょう?
 ここで出ていっちゃあ、バレちまいますよ。」

「だってあいつ、つららの事をバカにして!」

キッと睨んでくるリクオを見て、青田坊はしばらくキョトンとすると・・・声を抑えて笑い始めた。


『だってあいつ、リクオ様の事バカにしたのよ!』


(なんともまぁ、こんな所まで同じとは。)

本当に二人が単に入れ替わっただけで、何も変わる事など無いのかと、青田坊はそれが可笑しくなってつい笑ってしまったのだ。

「な、なんだよ青田坊、急に笑い出して・・・」

「いや、申し訳ありません、リクオ様。
 つい雪女と護衛していた時の事を思い出してしまいまして。」

どうそしてそれが笑う事になるのさ、とムスッとするリクオを、まぁまぁと青田坊が宥める。

「そういえば雪女の奴も、昔はリクオ様を突き飛ばした生徒にカッとなって、吹雪を利用して投げ飛ばしていましたなぁ。」

「へ?そんな事が?」

「ああ、ご安心ください。その人間どもは、ちゃんと怪我の無いようワシが受け止めておきましたから。」

もっともその後、しっかり脅しを入れておいた事はリクオに黙っておく青田坊だった。
リクオの方はというと、青田坊の話に『うーん』と考え込み始めていた。

(まさかつららがそんな事をしていたなんて・・・
 人間に手を出すなと言っていたはずなのに、後とでお灸を据えておく必要があるな。)

その後も続いていた青田坊の氷麗との護衛話はもはやリクオの耳には入っておらず、氷麗が人を傷つけてしまうような行動を取ってしまっていた事が、自分の想いを理解してくれていないのではないのだろうかという不安が、ずっとリクオの心を占め続けていた。


その2