邂逅

 

ヒタヒタヒタ・・・

 
静まり返った列車の中を、氷麗と牛頭丸はゆっくりと歩いていた。
 
「なんなんだこいつは・・死体だらけじゃねぇか。」
 
「なんだか気味が悪いわね。」
 
捜索を開始してから間もなく、氷麗達は凶暴化した野良犬達の襲撃を受け、撃退しつつ偶然見つけたこの列車の中に入り込んだのだった。
入ってみれば、寝室もある大陸横断列車で、何故止まっていたのか、そして乗客の気配が無いのは何故かと、隊長に連絡し探索を始めたのである。
 
隊長達もまた謎の建築物を発見したらしく、他のメンバーと共に4人でそこに向かって移動中らしい。
 
「妙だな・・・」
 
「何が?」
 
牛頭丸は列車内の死体を見回し生存者がいない事を確認すると、銃口を上げ警戒を緩めながら呟く。
 
「分かんねぇか?良く見てみろ。死体のほとんどが、椅子に座ったままだ。」
 
「あ・・・そういえば。」
 
牛頭丸の言うとおり、ほとんどの死体は椅子に座ったまま死んでいる。
ガスの類ならあり得るかもしれないけれど、それならば残留ガスで自分達が無事で済まなかっただろう。
 
 
「それより牛頭丸、ほんとうに大丈夫?」
 
「ん?ああ、これぐらいどおってことねぇよ。
 しかし、あれは妙だったな。」
 
「そうね、牛頭丸が不意打ちを受けるなんて。」
 
そう、気配を察知する能力を持つ牛頭丸が、あの狂犬の気配を察知できず、不意打ちを受け左腕に重傷を負ってしまったのだ。
 
「くそっ。いまいましい。俺もヤキが回ったな。」
 
「応急手当をしたから大丈夫だとは思うけど、署に帰ったら狂犬病かどうかの診断を受けてよ。」
 
「分かったよ。」
 
既に止血も済ませたし、傷の状態も思ったほど悪くは無かった。
幸い衛生担当の氷麗がいたので、十分な手当ても受けている。
にも関わらず、先ほどからどうも牛頭丸の様子がおかしい事に、氷麗は不安を感じていた。
 
「よし、とりあえず機関室に行ってみっぞ。運よく動きゃあ、この死体をわざわざ俺達が運ばなくて済む。」
 
「そうね。」
 
二人が隣の車両へと移ると、その車両の客席に座っていた客と思しき男が、ピクリと体を動かす。
 
「生存者?・・・私達はウキヨエシティ警察のヌラーズの者です。ゆっくりと立ち上がり、両手を上げてこちらを向いて下さい。」
 
傷の具合の良くない牛頭丸を庇って先行していた氷麗が、銃を構えながら乗客の方へと近付いてゆく。
彼は氷麗の言うとおり、二人に背を向けたままゆっくりと立ち上がった。
 
                              ・ ・  ・ ・ ・ ・  ・ ・ ・ ・
「・・!?おい、雪女!気を付けろ!そいつは生きていねぇ!」
 
「へ?」
 
何を言っているのだと、氷麗が思わず牛頭丸の方を振り返ってしまうのと同時に、客らしき男がグルッと振り向き、そして氷麗に向かって腕を振り上げ襲いかかってきた。
 
パンッパンッ!
 
「きゃあ!」
 
その爪が氷麗を切り裂くよりも早く、牛頭丸の放った弾丸か男の胸を撃ち抜く。
ドウっと男が倒れ、そしてその場から飛び退いた氷麗が銃を構えなおし、倒れた男を見た。
 
「え?何これ?」
 
倒れていた男を見てみれば、死んでいた乗客たちと同じように、既に死後数時間は経っているようにしか見えない。
 
「あ、ありえない。こんなことって・・・。」
 
「この馬鹿野郎!お前みたいな半人前がしゃしゃり出てんじゃねぇ!」
 
牛頭丸が驚く氷麗の肩をガシリと掴むと、強引に自分の方へと振り向かせ、そのまま怒鳴り続ける。
 
「だいたいお前は・・っゲホッケホケホ。」
 
「牛頭丸!?」
 
こちらも怒鳴り返そうと思っていた所を突然咳き込まれ、氷麗は慌てて牛頭丸の背中に手を掛け心配そうにさする。
 
「大丈夫だ・・ケホッ・・・ちょっと唾が変な所に入っちまっケホッケホケホケホケホッケホ・・だけだ。」
 
「大丈夫なわけないでしょう!?その咳、普通じゃないわよ!
ほら、治療は私の専門よ。大人しく私の言う事を聞きなさい!」
 
「ケッ・・。」
 
「『ケッ・・』じゃないでしょう!!もう~~~~!!」
 
氷麗は強引に牛頭丸の体を開いた客席に座らせると、牛頭丸の襟元を開き胸を肌蹴させる。
そのまま手を牛頭丸の胸に当てると、「ほら、深呼吸して」と急かした。
 
「な・・・お前、何を。」
 
「何って、聴診器を持ってないから、こうやって呼吸音を感じようとしてるのよ。分からない?」
 
(分かるか~~~~!)
 
すぐ間近にある氷麗の顔は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えない。
牛頭丸は深呼吸しながら、そんな氷麗に見惚れてしまっていた。
 
「・・・別に何も感じないわね。」
 
「ほれ見ろ。唾だよ、唾。咳も収まっただろ?」
 
「う~~ん?」
 
普通の咳では無かったように感じたけど、あれは気のせいだったのかな?と氷麗は頭を捻って考え出した。
そんな氷麗に何故かイライラしてきた牛頭丸は、はだけた衣服を直すと、止めようとしてきた氷麗の手を乱暴に払いのけた。
 
「おらっ、遊んでいる暇はねぇんだ。行くぞ。」
 
「ちょっ、私は心配して!」
 
「お前みたいな半人前に心配される筋合いはねぇ。」
 
「な、なんですって!もう知らないわよ!」
 
ムカッと腹を立てた氷麗が先行する牛頭丸の背中をバシッと叩く。
牛頭丸は顔だけ振り返らせギロリと睨むと、何も言わずズンズンと歩んでいった。
 
(くそっ、下手に喋ると咳が出てきそうだ。一体どうしちまったんだ?)
 
牛頭丸が咳を堪えて睨んでいたのであり、大声を出さなかったのもまた、咳が出かねないと感じたからだったのだが、その事に氷麗が気付く事は無かった。
 
 
 

その2