邂逅4

「ん・・・・」

「よし、起きたな。」

「ハッ!」

自分の背後から聞こえてきた声に、慌てて氷麗が振り向こうとするが、体をしっかりと押さえられてしまっていて、身動きが取れない。
どうやら背後から気を当てて気を失っていた自分を起こしたようだが、そのまま腕を体に絡め、銃まで押しつけられていた。

「は、放しなさい!」

「放したら俺を殺す気だろうが。そいつは出来ねぇな。」

「くっ!」

不甲斐ないと氷麗は自分に腹を立てる。
まさかこんなosoreを持っているとは予測できなかったが、それは逃げられるどころか捕獲されてしまっていい理由になどならない。

「その力で手篭めにしてきたってわけ?言っておくけど、私はそう甘くないわよ。」

キッと気丈に睨みつける氷麗に、リクオはハァッと溜息を吐く。

「だからそれは誤解だって。
 第一俺が本当に強姦魔だったら、とっくにあんたの事頂いているはずだぜ?」

「ぐ・・・」

確かに言われてみればその通りだ。
別に体に異常は無いようだし、制服を脱がされているわけでもないし、不必要に体を触られてもいない。
『何でもありのN.R.A.R.S.』の隊員だと知っているのだから、目を覚ませば逆に何をされるか分かったものではないはずだ。
もし仕掛けるとすれば、気絶している間しかないだろう。
いや、それどころかただの凶悪な脱走犯なら、そもそも自分を生かしておく理由さえ無い。
殺さずとも、気絶している間にさっさと姿をくらませばいいのだ。

「いいわ、今は生き残る為に協力した方がいいって所は、信用してあげる。」

「そこかよ。」


ピピーザザー


呆れた顔でリクオが呟きながら銃をしまうと同時に、氷麗の無線機から通信が入ってきた。

『雪女、聞こえるか。雪女。』 

暫らくリクオと氷麗は顔を合わせ、互いの目をじっと見つめ合う。

『・・・こりゃ、雪女。返事をせんか!』

リクオは黙って腕を組み、『お前の好きにしろ』と態度で示すと、氷麗が無線機に手を伸ばした。

「はい、こちら雪女。申し訳ありません。」

『おお、無事ならすぐに返事をせんか!
 ところで脱走犯は見つかったか?』

氷麗はちらりとリクオを見ると、気まずそうな顔をしながら話を続ける。

「いいえ、発見していません。」

氷麗の報告にリクオがわざと驚いたような顔をしながら、ニヤリと口元を緩める。
上司への報告を偽ったのだ。
今後自分と協力するという事を、行動で証明したという事になる。

『そうか、こちらはもうすぐ建築物に辿り着く。
 お主もその列車の捜索が終えたら、こちらへ来い。分かったな。以上。』

「了解。」

ブツッと無線機の電源を切ると同時に、リクオがずいっと氷麗に顔を寄せる。
だがリクオの予想とは異なり、氷麗はじっとリクオの顔を睨み返してきた。
彼女のように年頃の若い娘であれば、不意に秀麗な顔が近付けば、顔を染めるなり逸らすなりの反応ぐらい示しそうなものを、とリクオは当てが外れ少し戸惑う。
だがそれを表に出す事無く、ニヤリと笑うと甘い声で氷麗に囁いた。

「サンキューな。でも、いいのかい?凶悪犯を野放しにして。」

もう氷麗の決心など分かりきっているのに、リクオはあえて意地悪く質問をしてみた。
この可愛らしい捜査官が自分の言動にどのような反応をするか、どうにもリクオは見てみたくて仕方がない。

「報告したら拘束しなきゃならなくなるでしょう?
 あなたと協力して、この異常な状況から生還する必要がまず第一ですからね。
 それに・・・。」

「それに?」

「何でも無いわ。さぁ、捜索を続けるわよ。」

まさか、あんなひどい事をするような凶悪犯には見えないから、とは言えない。
もし本当に彼が凶悪犯なら、心の隙を突く口実を与えるだけだ。
そう氷麗は思い、ふいっと顔をそらすと、そのまま銃を取りだし捜索を再開しようとした。

「了解、お譲ちゃん。」

「私は雪女です。」

「そんなのコードネームだろ、つまらねぇ。それと、俺の名前は知ってんだろ?
 これから協力しようってのに、お互い名前をちゃんと呼ばないってのはどうかと思うぜ?」

人をお譲ちゃんと呼んでおいてよく言う、と氷麗は呆れたが、彼の言う事にも一理ある。それに、ヌラーズの一員として一緒にいるよりは、及川氷麗一個人として協力関係になったというほうが、自分としての気持ちも楽になる。
そう判断した氷麗は、銃をしまい手を差し出すと、ニコリと微笑んだ。

「そうね、私の名前は及川氷麗。あなたの事はリクオって呼ぶけど、それでいいかしら?」

「・・・奴良じゃないのかよ。俺、一応あんたより年上だぜ?」

氷麗の微笑みにドキッとしてしまったリクオだったが、わざと突っかかるような物言いで、それをなんとか誤魔化した。

「なんだかヌラーズと言葉が似ているから嫌なの。何か文句ある?」

なるほどとリクオは納得したのだが、どうせならこの流れを利用しない手は無い。
ニヤリと口元を歪ませると、リクオは嬉しそうに笑いながら、氷麗と握手して答えた。

「ああ、なるほどね・・・じゃあ、俺も『つららちゃん』って呼ばせてもらうぜ。」

「だからお譲ちゃん扱いはしないでよ!」

手を強く握りしめキッと睨みつける態度も、どうにも可愛くて仕方が無い。
なるほど、好きな子を苛める男の子の気持ちとはこういうものだろうかと、リクオは妙な事を考えていた。

「じゃあ氷麗で。」

「ぐ・・・、まぁいいわ。それじゃあ行くわよ、リクオ。」

「OK、氷麗。」

こうして氷麗とリクオは協力関係を結び、共に階段を登って行った。


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