「ふう・・・結局見つからなかったわね。車掌はいったいどこにいるのかしら?」
機関車両へと続く出入り口は頑丈な扉と電子施錠で閉じられており、どうやら車掌が持っている電子カードが必要なようだ。
そう判断した氷麗は車掌室に(鍵を壊して)入ったのだったが、生憎カードキーは見つからなかった。
そこで車両を引き返し、最後部までしらみつぶしに捜索するべく、車両を移動している。
新しい車両に入った所でパッとその先に何かないかを確認し、氷麗は慎重に歩を進める。
途中で再び乗客だったモノが動きだし、襲いかかってきたからだった。
「死体は全部、ゾンビになっていると考えた方が良さそうね。」
切り替えの早い氷麗は、すでにこの状況に慣れつつあった。
「もしかして、人が喰い殺される事件って、こいつらの仕業なのかもしれない。」
どこか落ち着ける場所を見つけたら隊長に連絡しよう、そう判断した氷麗は次の車両へと移動する。
どうやら2階建ての食堂車両のようで、扉のプレートからすると1階は厨房に、そしておそらく2階へと続く階段の先が食堂になっているようだ。
厨房への扉は自動扉になっているのだが、どうやらスイッチが切ってあるらしく扉が開かない。
「しょうが無いわね、2階の捜索に切り替えよう。」
そう呟きながら階段を登り始めたところで、誰もいないはずの背後から声がしてきた。
「そっちは行かない方がいいぜ、お譲ちゃん。」
「えっ!?」
慌てて振り向くと、そこには長い銀髪をなびかせている、一人の精悍な男が立っていた。
整った顔立ちの中でも切れ長の目はひと際目立ち、妖しくこちらを見つめその目に引き込まれそうだ。
「どうした?お譲ちゃん?」
口元をニヤリと歪ませ、その男が氷麗の方へとゆっくりと近付いて来る。
男に見惚れてしまっていた氷麗だったが、そのことにハッとして慌てて銃を構えなおした。
「あ、あなたは脱走犯の奴良リクオ!」
「そいつはちょっと違うな。奴らに襲われて、生き延びるためにここまで逃げてきただけだ。」
リクオはフッと笑いながら首をすくめ、仕方が無かったんだと言わんばかりに両の掌をおどけたように上げた。
「黙りなさい!両手を上げて頭の後ろに組んで!でなきゃ撃つわよ!」
「お譲ちゃんは怖いねぇ。」
「私はお譲ちゃんじゃないわよ!ヌラーズの雪女!
今度お譲ちゃんと言ったら撃つからね!」
リクオは氷麗の銃を全く意に介していないように見えるのだが、それでも両手を上げ頭の後ろに組む。
だがやはり、リクオの顔は不敵に微笑んでいた。
氷麗はゆっくりとリクオに近付くと、リクオを壁に向けさせ片手で銃を構えたまま、もう一方の手で手錠を取りだす。
そしてリクオの腕を背中の後ろに回させると、その腕に手錠をガチャリと掛けた。
「あなたには黙秘権があるわ。これから喋る事は・・・」
「法廷で証拠になるかもしれねぇんだろ?」
「え?」
自分の目の前で手錠に掛けられたはずの男の声が、自分の背後から耳元に囁いて来ている。
その事に驚いた氷麗が振り返ると、自分の背中にくっつくような姿勢でリクオが顔を耳元に寄せていた。
「なっ、なっ!?」
もう一度目の前を見てみれば、リクオの姿がゆらりと揺らめき、そして消えてゆく。
「俺のosoreは認識をずらす。こういう使い方もできるってわけだ。
なかなか便利だろ?」
リクオは片手で氷麗の腰を抱き自分の方へと強引に体の向きを変えさせると、もう片方の手で氷麗の顎に手をかけ、くいと上向きに顔を上げさせる。
そして唇が触れるか触れないかというほどまで顔を近づけると、見つめ合うように目と目を合わせた。
(近くで見ると、さらに綺麗だな・・・)
リクオが思わず氷麗の金色の瞳に見惚れ、そのまま黙っていると、拳銃がカチャリと音を立てリクオの側頭部に押し付けられた。
「そう、でも触っている間は、それを頼りに居場所を間違うこともないってわけね。」
「おいおい、ここは協力すべきだとは思わねぇか?
一人より二人が良いに決まっている。
それに、俺とお前の力があれば、どんな困難だって乗り切れるぜ?」
頬をそっと撫でるように手を動かしながら、リクオは氷麗を見つめながら囁く。
その色を含んだ目に氷麗の顔がポッと赤く染まり、リクオはしめたと口を歪めた。
(なんとかなりそうだな)
リクオはそう思い『フッ』と、頬を緩めたのだが、氷麗の反応は予想と大きく異なっていた。
「そうやって23人もの女性を手篭めにしたんでしょう!?」
「へ!?ちょっと待て、なんだそれ!?」
知らされた事実(?)のあまりの衝撃に、リクオは慌てて氷麗の体を放し、訳が分からないと両手を広げる。
「とぼけないで!あなたの報告書にあったのよ!
任務中に23人も強姦したって!!」
「ま、待ってくれ!それは何かの誤解だ!!」
「黙りなさい!この女の敵!!」
パンパンッ
狭い階段に銃声が鳴り響き、リクオの体を貫通した・・・ように見えたが、ゆらりとその姿が消えると同時に、再び氷麗の背後に姿を現した。
「くっ!こうなったら!」
氷麗は自分のosoreでリクオを凍らそうと息を吸い意識を集中しようとしたのだが、その力を発揮する前に、つららの首にリクオの手刀が討ち付けられ、そして気絶してしまった。
「やれやれ、とんだお譲ちゃんだ。
・・・さて、どうしたもんかね。」
リクオはホッと一息つくと、氷麗を横たえその美しい寝顔をしばらく楽しんだ。