ここは奴良邸のとある部屋。
干していた洗濯物を取り込んだ女妖怪達が、それぞれ手分けして片付けた後、一人氷麗がリクオの制服にアイロンがけを行おうとしていた。
普通はこういう熱を伴う仕事は他の者がやる事になっているのだが、リクオの服だけは氷麗がやるのだと頑なに主張し、それが若菜の『まぁいいんじゃない?』の一言で通ってしまっていた。
もちろんミトンを片手にはめ、傍らには万が一の為の氷水まで用意してと、しっかりと準備してとの条件のもとではあったが。
まぁ、リクオの学校の弁当を氷麗が作る事を了承してしまうあたり、奴良組ではその辺は案外といい加減なのかもしれない。
そして今、つららがアイロンを前に気合の入れた顔をしてるいと、リクオが本を片手に部屋に入ってきた。
「あら?リクオ様、何かご用ですか?」
「ん、いや、ちょっと休憩。」
いつもは勉強を始めている時間なのに何事かと氷麗が問えば、どうやら勉強の合間の休憩にやってきたらしい。
その休憩時間に本を読もうというのだから、果たして休憩になるのかと思ってしまう氷麗だったが、本好き・勉強好きのリクオ様の事だから仕方が無かろうと、今はアイロンがけに集中する事にした。
油断すれば大火傷を負ってしまうか服を凍らせてしまうのだから、十分な気合いと集中力が必要なのだ。
そんな氷麗を、リクオは本を見るフリをしながらじっと見つめていた。 「ん~、ねぇ、つらら。」 そろそろ氷麗も仕事に集中して来ただろうと、リクオは氷麗に声をかける。 「気分転換に、何かして遊びたいな。」 既に仕事モードに入っていたつららは、リクオの予想通り淡白に答えてきた。 「ん~、ボクはつららがいい。」 びくっと一瞬体を震わせ顔を上げ、頬をわずかに染めながらリクオの方をじっと見る。 「ほら、手元が疎かになっているよ。」 慌てて意識をアイロンに戻しながら、氷麗は「リクオ様が変な事を言うから・・・」と小声で呟いた。 「で、つらら。それなら会話だけで出来る遊びをしようよ。」 その遊びがしたい訳じゃないんだよなぁ、とリクオは苦笑する。 「そうそう。でも歌はイマイチだし、クイズだとアイロンがけやりにくくない?」 しめた!とリクオは心の中でガッツポーズを取る。 「まさかそんな意味があったなんて・・・」 リクオは顔を真っ赤にさせながら、その本を食い入るように見ていた。 『花言葉辞典』 以前、夜に氷麗と『花しりとり』をした事があった。 あの時の氷麗の態度には、こんな意味が込められていのかと思うと、なんだかとても恥ずかしくなってきた。 「いやいや、たまたまかもしれないじゃないか。うん。」 そうリクオは呟き、なんとか早まる動悸を押さえようとする。 「ああ、そうだ。これを使ってまた遊んでみようかな。 それがいい、とまるで今の気持ちを誤魔化すようにリクオはそう決めると、さっそく携帯を取り出し、花言葉サイトを検索し始めた。 「よし、じゃあそれにしようか。・・・あ、でも続き過ぎると大変だから、『花しりとり』にしない?」 再びピクリと体を震わせ、氷麗が顔を上げる。 「そう。たしか前にもやったでしょ。今回は氷麗は仕事中だし、ハンデって事でさ。 これなら仕事をしながらでも大丈夫そうだと、つららの意識は既にアイロンへと集中し始めていた。 「ん~、前はつららの『ら』からだったから、今回はリクオの『お』で始めようか。ボクから行くよ。」
(ん~、そろそろかな)
ここに来たのは、単に暇つぶしの為ではない。
実はある計画を実行に移す為・・・計画と言っても、結局はイタズラなのだが・・・ここに来たのだ。
「はい、なんですか?リクオ様。」
「それなら青と体を動かしてはどうですか?私は今お話しするぐらいしかお相手できませんし。」
「え?」
予想通りの反応に、リクオはクスリと笑うと、氷麗の手元を指差した。
「あわわわわ!?」
その言葉もしっかり耳をそばだて聞いていたリクオだったのだが、これ以上何か言えば氷麗が仕事を中断させてしまい、本来の目的を損なってしまいかねない。
「会話だけですか。
・・・歌とか、クイズとかですか?」
さて、上手く自然に誘導するにはどうしようか、と考え似ながら、とりあえずつららの提案を却下することにした。
「それもそうですねぇ。では、しりとりはどうですか?」
リクオの計画とは、氷麗と『しりとり』をする事にあった。
事の発端はリクオが図書館で勉強していた時の事だ。
たまたま見かけた本が気になって、手にとりある事を思い出しながら見ていた。
その本のタイトルは
はっきりとは覚えていないのだが、幾つかの花の名前はしっかりと覚えている。
きっと、つららの面白い顔が見られだろうし。」
「え?『花しりとり』ですか?」
リクオは再びつららの手元を注意しつつ、いかにも今思い付いた風を装って話し続けた。
あの時は負けちゃったけど、今度は負けないからね。」
「クス・・・分かりました。では、何から始めます?」
「はい、どうぞ。」
つららの注意がアイロンへと向いたことを確かめると、リクオは本に隠すようにして携帯を取り出し、携帯を開き用意してあったサイトを開く。
それは『花言葉』サイトであり、はっきり言ってイカサマなのだが、リクオは元々『しりとり』で勝負する気などなかった。
目的はあくまで『イタズラ』なのだ。