心からの気持ち

今日は日曜日。
学校は無く、以前ならのんびりとした一日を過ごせたはずなのだが、3代目となり地盤固めに奔走するリクオにとっては、むしろ何時もより忙しい一日だった。

つららもまた錦鯉地区に顔を出していたのだが、信頼関係を築いた今となっては、夕食の支度が始まる前には戻れるほど順調に事を進めていた。
そしてつららや女妖怪たちは、疲れて帰ってくるであろうリクオの労をねぎらう為に夕餉の準備をしていたのだが・・・何時もとは違った賑わいを見せていた。

「・・・やっぱりこっちを見ているわよね。」
「もしかして、私を見ているとか?」
「ないない、あんたは論外でしょ。」

と女妖怪達が落ち着きなくざわつく原因は、いつもより早く帰って来たリクオにあった。
夕食の支度に取り掛かっている最中、ふと視線を感じその方を見てみれば、リクオが台所の入口に立って、じっと中の様子を見ているではないか。
女妖怪たちは、何があったのだろうか、自分を見に来たのだろうか、と好き勝手にヒソヒソ話をしている。

そんな中、毛倡妓だけは冷静にリクオの視線の先を見極めていた。

「はは~ん。」

毛倡妓はリクオの視線の先を改めてなぞると、ニヤリと口元を緩ませた。

「リクオ様ぁ。そんな所にいらしては、皆の気が散るというものですよ。
 特に雪女なんか、ドジさ加減に拍車がかかるかもしれませんねぇ?」
「な、ななな何言ってるの毛倡妓!?」

毛倡妓の言葉に、リクオとつららの両方が同時に顔を真っ赤に染めた。
なんだ、そういうことか。と他の女妖怪たちは『お声がかかるかと思ったのに、残念。』とか、『あらあら、お熱い事で』とか、果てには含みのある視線をつららに向けつつ『何をつまみ食いしに来たのかしらね?』と好き放題言っている。

「ご、ごめん。何でもないんだ。それじゃまた。」

厨房のあまりにもの賑わいに、リクオもその場に居られなくなって、あわてて立ち去って行った。
その途端、毛倡妓を初めとする女妖怪たちが、つららの元に寄って集ってきた。

「ねぇ~~、雪女。リクオ様と何か約束でもあったの?言いなさいよ。」
「え?え?べつに約束なんて・・・」

標的をつららに変更した毛倡妓達が、楽しそうに笑いながら詰め寄る。
どうしてこんな事になったのかと、つららは慌てふためくばかりだ。

「嘘は良くないわよ、嘘は。だったらなんでリクオ様が台所に来るのよ。」
「そ、それは私にも・・・」

実際約束などしていないし、わざわざやってくる心当たりも無い。
いや、そういえば京都から帰って以来、お声がかかる事が前にも増して多くなったような気がすると、つららは思う。
シマを任され、多忙となって一緒にいる時間そのものは減ったが、屋敷にいる時にリクオ様の側にいない時間は、食事の支度の時と寝る時ぐらいのものではないだろうかと思うほどだ。
特に年の瀬にわざわざ自分を迎えに来た時は驚いたものだが・・・今では、遅くなった時には必ず迎えに来るようになっていた。
まさか今度は食事の支度の最中にまで何かしようとでも思っているのではないのだろうかと、つららは不安になる。

「ほらほら、白状しないさい。」
「わ、私、居間の支度をしてきます!」

いくら心当たりがないといった所で、それで納得してくれるとは到底思えない。
つららは質問攻めから逃れるため、毛倡妓達の非難の声を浴びながら、ぴゅうっと立ち去って行った。
が、その直後に、彼女の驚きの声が聞こえてきた。

「リクオ様!?」
「あ、つらら。」

ざわっと女妖怪たちが慌てて廊下の様子を覗き見ると、予想通りリクオとつららが向かい合っていた。

「あらあら、リクオ様ったら、もしかしてつららの事が気になって、何処にも行かなかったのかしら?」

毛倡妓の言葉に、他の女妖怪共が様々な意味の籠った小さな悲鳴を上げる。
そんな彼女たちに毛倡妓は「しーっ」と注意して、リクオ達の言葉に耳を傾けた。

「えーと、向こうの準備?」
「は、はい。」
「じゃあ、ボクも手伝うよ。」
「へ?」

3代目自らが、配膳の手伝いをする?
彼女たちからすれば非常識極まりないリクオの提案に、つららはもちろん、毛倡妓も他の女妖怪たち全員が、目と口を大きく開けその場に固まってしまった。

 

 

「あ、これはこっちでいいんだね。」
「あの、リクオ様。先ほども言いましたが、食事の支度をリクオ様が手伝うなんて、そんな畏れ多い事をさせるわけには・・・」
「いいの、ボクがやりたいんだから。」

そんなの困ります・・・と途方に暮れるつららと小妖怪たちを他所に、リクオは楽しそうに配膳の手伝いをしていた。
3代目にそんな事をさせる訳には、と首無を含め皆大反対したのだが、頑としてリクオは受け入れようとしない。
今日だけという約束を取り付け、ようやく首無達も諦めて今に至ったというわけだ。

「はあ~~、いつもこんなに大変なことしているんだね、つららって。」
「皆でやればそうでもありませんよ。話ながらやればけっこう楽しいですし。」

なるほどと納得顔のリクオに、つららは少し困った顔をしてリクオの持っていた茶碗を受け取ると、一つ一つの丁寧に配って行く。
今夜だけとはいえ、やはりリクオに手伝ってもらうのには気が引ける。
いや、それだけではなく、つららは先ほどから自分に痛いほどの視線が浴びせられているのを感じていた。

(うう・・・きっとリクオ様を働かせてると非難されているんだわ)

側近頭でありながら、リクオの行動を止められなかったのだから、責を問われるのも当然と言えるだろう。
なのにこの呑気な主は、学校のノリで手伝いを楽しんでいるようにしか見えない。
リクオ様が楽しめるのならばそれで良い、とは思うが、この後に首無の説教が待ち構えている事を考えると、どうしても気が滅入ってしまう。

「ほら、つらら。何ぼーっとしてるんだ。」
「す、済みませんリクオ様。」

考え込みすぎて、うっかり手が止まってしまっていた。
つららは気を取り直すと、『後は後、今は今』と、とりあえず3代目との一時を楽しむ事に決め込んだ。


その2