「ねぇ、首無。あれ、何?」
「ん?ああ、あれか・・・」
今日も川流れを存分に楽しんで来た河童が、屋敷に戻るなり奇妙な光景を見てしまい、呆れた顔をしながら同じ光景見ていた首無に聞いたのだった。
「いつもの余興というか・・・突然食事の準備の手伝いをされたいと言われてね・・・。」
「ふーん。でも、あれって・・・」
河童はジト目でつららの後に付いて色々と手伝いしているリクオを指差す。
「食事の準備の手伝いっていうか、雪女について回っているだけなんじゃないの?」
「うぐ・・・言うな、河童・・・」
気付かぬ振りをしていた事をズバリ指摘され、首無は冷や汗を掻き苦虫をかみしめたような顔をする。
「ほら、毛倡妓が山ほどの盛り皿持ってきても、目もくれないし。」
「だから指摘しないでくれ。胃が痛くなる・・・。」
「あ、今度は手ぷらになったのに、雪女と話してるだけよね、あれ。」
何もそこまであからさまな行動を取らなくても、と首無は頭を抱えた。
ただでさえ『食事の支度を手伝う』という名目の為に皆の注目を集めているというのに。
あれではまるで・・・
「う~ん、なんだか幼い頃のリクオ様を見ているみたいだな~。」
「河童、お前もそう思うか!」
首無は涙目になって河童の両肩を掴む。
「3代目となられたとはいえ、何時までも子ども気分のままでは困るというものだ。
女の尻を追いかけ回す、と見られるならともかく、相手が世話係だった雪女では、そうとは見えんだろう。」
「尻をって・・・それはそれで問題あるんじゃない?」
「・・・そうかな?」
やっぱ首無もあてにならないな~、と思いながら、河童は頭の後ろに腕を組んで、微笑ましい二人の様子をずっと眺めていた。
「あれだけやってて相手に変化がないから、リクオ様も痺れを切らしたんじゃない?」
「何を?」
「まぁ、『女の尻を追いかけ回す』ってやつ?」
「・・・やはり問題はあるな、うん。」
ようやく理解した首無が、真剣な顔で頷くのを見ると、河童は『藪蛇だったかな』と今度はリクオに向かって、がんばれ~とエールを込めた視線を送り続けた。
やがて支度も終わり、夕食の時間となった。
いつものようにリクオの側にはつららが控え、ご飯をよそいリクオへと手渡す。
その一挙一動にさえ、皆の視線が多く注がれている事に、つららは顔を赤く染めていた。
別に二人が一緒に居ること自体は珍しいことではない。むしろ普通だ。
だが、昨年の秋以降のリクオの行動の変化という事だけでなく、食事の支度を一緒にするなどという事もあれば、何かあったと思うのは当然のことだろう。
それはもちろんつららにとっても変わりなく、ずっと側にいるリクオにドキドキと胸を高鳴らせていた。
(なんだかこれじゃまるで、夫婦みたい・・・って、何考えてるの私!)
なんと飛躍した発想をしてしまったのだと、つららはワタワタと何も無い空間にむてけ両腕を振った。
「何やってんのさ、つらら。」
そんなつららに、呆れた顔をしながらリクオがツッコミを入れる。
「な、なんでもありません。」
「そう?」
「それよりもリクオ様。いきなり支度の手伝いをされるなんて、今日はいったいどうされたのですか?」
ドキドキしながら、つららは何とか質問を投げかけた。
今日のリクオ様はいくらなんでも不自然すぎる。
甘い答えを期待してはダメだと思いながらも、どうしても聞かずにはいられなかった。
「ほら、今日って母の日だっただろ?」
リクオはやっぱり聞かれちゃったかー、と言うかのように舌をペロッとだしながら軽く答える。
「母の日・・・ですか?えーと、人間のイベントで、確か日頃世話になっている母に感謝する日でしたっけ。」
「まぁだいたいそうだね。」
それがいったい何の関係があるというのだろう?とつららは首を傾げ、リクオに続きを促す。
「それが何か?」
「うん、僕の場合、身の回りの事ってお母さんよりもつららがやってくれているから、『母の日の感謝』はお母さんだけじゃなく、つららにもしたいなと思ってね。」
「・・・・えーと、それってつまり、今日のは『母への感謝』という事ですか?」
「うん、そう。」
「・・・・」
つまるところ私って『お母さん』!?
私ってそういう風に見えるって事!?
それはつまり
女として見ていないのではないか、とか
老けて見えるという事ではないか、とか
そういう考えが頭の中を過ぎる。
ピシッとつららの頭にヒビが入った事に、リクオはまったく気付かず、にぱーっと笑いながら感謝の言葉を述べた。
「いつもありがとう、つらら。」
普段のリクオの態度をちょっと考えれば、つららの考えのどちらも違っているという事などすぐに分かるはずなのに、あまりの衝撃の大きさに、そこまで思考が回らない。
いつもは元気をくれるはずのリクオ様の笑顔が、今は恨めしいです・・・そう思いながらも、つららはなんとか笑顔を返した。
「い、いえ、そんな下僕として当然の事をしているだけです。」
「それでもありがとう、つらら。」
「・・・はい、ありがとうございます、リクオ様。」
ああ、頬が引き攣りそうだと、つららは涙が出そうになるのを必死でこらえながら微笑み続けた。
「うーん、リクオ様。それは殺し文句にはならないかと・・・」 首無の横でご飯を食べていた毛倡妓が、うんうんと頷きながらリクオを呆れた目で見る。 「まぁ、他の女妖怪はともかく、毛倡妓にも目もくれなかったんだから、『母の日』ってのも只の口実なんじゃないの?」 でも、あの言い方は不味いよなぁ・・・ 「あれじゃあまだまだ先が思いやられるね、まったく。」 つららがどっかんと爆発するのも良かったのではと思いましたが、今回はそういう話に持っていく気がせず、我慢して涙を噛みしめてもらいました。
あまりいい意味では無い妙な雰囲気を出し始めた二人を、少し離れた場所から見守っていた首無が、ハァ・・・と深く溜息を吐いた。
「そうよねぇ、『お母さんみたい』って言っているようなものだし。
私ぐらいならまだしも、雪女の歳であれ言われちゃ、きっついんじゃないの?」
さらにその横にいた河童が、デザートのきゅうりを齧りながら相槌を打った。
「私、雪女が出来ない時だけにしかやっていないわよ?」
「それにわざとやっているようにも見えないしな。」
「でも、名目からすれば、毛倡妓にも何か言ってもいいと思うんだけどなぁ。」
「「なるほど。」」
それが3人の一致した見解であった。
end
母の日の広告が早くも出てきた為、ふとそれをネタにイチャイチャさせたいと思って書いたはずなのに、なんか変な話になってしまいました。
このサイトでは、つららの年齢は二十歳前後、自称乙女→乙女と言えば18歳(なんでそう思うようになったのかは自分でもよく解りませんw)、という理屈で18歳もありかな、などと考えています(笑)。
というわけで、いくら幼少のころから世話をしたとはいえ、20前後の妙齢の女性が中一に『お母さん』よわばりされればショックを受けると思ってのネタになっています。
『おばさん』と同意義ですからね(笑)。