今年もまた見事に咲いた枝垂れ桜の枝の上で、今夜もリクオはお気に入りの盃を手に、花見酒を楽しんでいた。
「これで鶯の鳴き声でも聞こえりゃあ、最高なんだが。」
酒をちびりと飲みながら、リクオは昼間聞いた鶯の鳴き声を思い出し目を細める。
「陽だまりの中で楽しんでいたではないですか。」
「俺は酒を飲みながら楽しみたいんだよ、つらら。」
自分の懐から聞こえてきた声に、クスリと笑いながらリクオは答える。
そう、リクオは今、つららを懐に収めるように抱きながら、枝垂れ桜の幹に寄りかかっていた。
「昼間から飲んでは駄目ですよ。まだ人間のお姿の時は子どもなんですから。」
「子ども子どもって、お前なぁ・・・。」
リクオは苦虫を噛み潰したような顔をして、つららを睨みつける。
それを見たつららは、怯むどころかクスクスと笑いだした。
「そういう態度を取るうちは、まだまだ子どもですよ。」
「ム・・・子どもはこんな事はしねぇぞ?」
そう言ってリクオはつららをギュッと抱きしめると、耳元に口を寄せ、そのままかぷりと耳を甘噛みした。
「ひゃあ!り、リクオ様!」
「ん~~、どうしたつらら?何子ども相手に焦ってんだよ。」
「それはリクオ様が・・・」
つららがそれ以上言葉を続けるのを遮るかのように、リクオの手がつららの顎を捕え顔をのけぞらせると、そのままついと手の位置をずらして指で唇をなぞった。
「ちょ・・・や、止め・・・」
リクオは盃に残っていた酒を全て口に含むと、つららの頭の上から覆い被さるように唇を重ねる。
「んふっ・・・りふほ・・・はま・・・」
そのまま口移しでつららに酒を飲ませ終えると、リクオは名残惜しそうに目を絡ませながら唇を放した。
「ほれ、そんなに真っ赤になって目を潤ませていたら、誘ってんのと代わりねぇぞ?」
「そ、そんな無茶苦茶な・・・」
口では一応抵抗の意思を見せてはいるものの、ほとんど為すがままの状態のつららに、今日はすんなり頂けそうだ、とリクオは手をつららの着物に掛けようとして・・・盃が邪魔で上手く滑りこませないという事に気が付いた。
何処かに置くには、枝垂れ桜の枝の上では心許ない。
これが他の盃ならともかく、お気に入りの一品だ。
万が一落して割ったら、自分は『仕方が無い』で済ませる事が出来ても、妙な所で律義で頑固なこの下僕は、きっと自分のせいだと決めつけて、しばらく落ち込む事だろう。
「・・・リクオ様?」
突然リクオの動きが止まった事に、ほっとしながらも不思議に思ったつららが、自分に絡んだリクオの腕を解きつつ心配そうに声を掛けてきた。
その声を聞いたリクオは急にその気が失せ、クククと声を抑えて笑い始めた。
「あの、どうかされましたか?」
「あ~~~、止め止め、今日は花見酒で十分だ。」
「は、はあ・・・」
つららは狐につままれたような顔をして、ポカーンとリクオを凝視していた。
終わって良かったと思う反面、これで終わりだなんてどこか調子がおかしいのではないだろうかと、逆に心配になってしまう。
「なんだ、つらら。そんなにして欲しかったのか?」
「とととととんでもありません!」
再び顔を真っ赤に染めて勢いよく首を振るつららを、リクオは楽しそうに見ていた。
考えてみれば、ちらほらこちらの様子を伺っている出歯亀どもがいるこの庭で、これ以上して奴らにつららの痴態を見せるのは面白くない。
つららも本気で抵抗してくる可能性だって十分あるし、またの機会を伺えば良いだけのことだ。
「まぁ、チャンスはいくらでもあるさ。」
「そうそうあるはずありません。」
「なーに、これから先、ずっと、何年も、何十年も、何百年もあれば、ずっとつららと一緒に居られれば、いくらでもあるってもんだ。」
「リクオ様・・・・」
リクオが金色に輝く目をじっと見つめながらそう言うと、つららは再び頬を染め目を潤ませながらリクオをじっと見つめ返した。