色に染まる

それはまだリクオが幼いある日の事。
奴良組2代目である鯉半が、奴良邸をドタバタと大きな音を上げて走る音に気が付くと、その騒動の主の姿を思い描き口元を綻ばせると足を止めた。

「あ、いた!お父さんただいま~~!」
「おお、お帰りリクオ。今日は幼稚園どうだった?」
「きょうはえんそくにいったんだ!
 おっきなこうえんでみんなとあそんで、とってもたのしかったよ!」
「そうかそうか。」

鯉半はニコニコと笑いながらリクオの頭を撫でる。
ふと、リクオの手に持つ物に気が付きその手を止めた。

「リクオ、その手に持っているのはなんだい?」
「あ、これ?えーと、あ~、アメ?じゃなくて・・・」
「菖蒲(あやめ)かい?」
「そうそう、それ。とってもきれいだったから、お母さんにあげようとおもってもってきたんだ!」
「ふ~ん・・・」

持ってきたというのは、ほぼ間違いなく公園で手入れされていた花を勝手に取ってきたものだろう。
子どもだから仕方が無いとはいえ、花を持ってきた事を褒めれば助長するだけだし、かといって公園でならともかく今更怒っても効果があるとは思えない。
さてどうしたものかと鯉半はいつものように片目を瞑って考えた。

「じゃあ、これお母さんにあげてくるね!」
「あ~、ちょっと待てリクオ。」
「なに?お父さん。」

さーて、上手くいけばいいが、と鯉半はできるだけ優しくリクオに話しかけた。

「そいつの花言葉をしっているか?」
「はなことば?なにそれ?」
「ふふ・・リクオ、花にはそれぞれ意味があってな。それを花言葉って言うんだ。
 例えばその花の花言葉は『あなたを大切にします』だな。」
「えーと、はながはなことばで・・・ん~、まぁいいや。『たいせつにします』ならお母さんにピッタリじゃん。」
「ああ、そうだな。でもお前はその花を大切にしたかな?」

鯉半の言葉に、リクオは『どういうこと?』とキョトンとした顔で首を傾げる。
ちょっと強引だったかな、とリクオの様子に鯉半はクスリと笑うと、しゃがみ込んでリクオと視線を同じ高さにしてからさらに話しかけた。

「これ、公園の花壇か何かで綺麗に咲いていた花を、ちぎり取ってきたんじゃないのか?」
「え?いや、まぁ、そ、そうだけど・・・。」
「そいつは『大切にした』とは言えねぇなぁ。せっかくの花言葉も台無しだ、粋じゃねぇ。」
「う・・・で、ても・・・」

『粋じゃない』という事は、『良い事ではない』という意味だと幼いリクオは思っていたので、悪い事をしてしまったんだとしょんぼりと顔を俯かせた。

「お母さんにあげようってのはいい心がけだがな、そういう粋じゃないやり方で手に入れた物を、お母さんは喜ぶかな?」
「ん・・・じゃ、じゃあこれ、どうしようか。」
「そうだな、捨てるのももったいねぇし・・・よし、じゃあまずは俺にくれないか。」
「お父さんに?」
「ああ。」

リクオはおずおずと鯉半に菖蒲を差し出すと、鯉半は目にも留まらない早さで菖蒲の茎を短刀で切り落とした。

「さぁて、じゃあこれは俺からの贈り物だ。もう『公園から取ってきた物』じゃねぇ。」
「あ、じゃあお母さんにあげてもいいの!?」
「ああ、もちろん。だが同じ事はもうすんなよ。」
「うん!」

にぱーっと顔を輝かせたリクオが菖蒲の花を受け取ると、そのまま一目散に駆け出していった。


その2