色に染まる ~2

「ねぇお父さん、じゃああれはなに?」
「あれは吸葛(スイカズラ)だよ。確か・・・『愛の絆』だったかな。」
「じゃああれは?」
「ああ、それは紫陽花だよ。」
「あ、きいたことある~!」

若菜に菖蒲を手渡してきたリクオは、再び鯉半の元にやって来ると、そのまま父を強引に庭に連れてゆき、庭にある花を次々と指さしては質問攻めをしていた。

「そうかい、そいつはすごいな。こいつは有名なだけあって色々意味があったな~。」
「ふーん、お父さんすごいね。なんでも知っているんだ!」
「ん?まぁ昔取った杵柄っていうかね。ああ、でも皆には内緒だぞ。」
「なんで?」

さてどう答えたものかと、鯉半はしばし考える。
下手に昔の事を教えれば、巡り巡って拗れでもしたら、愛する妻から張り手が飛んでくるかもしれない。
まぁここは適当な事言って誤魔化してしまおう、と鯉半はニッコリと笑うとリクオに答えた。

「こういうのは女性の方が得意って相場が決まっているのさ。」
「そうば?」
「まぁ、普通ってことかね。というわけでだ。
 お父さん恥ずかしいから、皆には内緒だぞ?」
「うん、わかった!」

よし上手くいった。と鯉半は心の中でニヤリと笑うと、そろそろ皆と話をしなきゃならねぇからと一言言って、リクオを残してその場からさっさと引き上げることにした。


残されたリクオはキョロキョロと周りを見回し、洗濯物を片付けていた雪女を見つけて、次の遊び相手がいたと喜び勇んで駆けて行った。

「ゆきおんな~~~~。ただいま~~~。」
「あら、おかえりなさいリクオ様。今日の遠足は楽しかったですか?」
「うん!もちろん!」
「それは良かったですね~~。」

ニコニコと笑う雪女に、リクオはふと思い立って、すぐ近くに咲いていた花を指さした。

「ねぇゆきおんな。このはなはなに?」
「へ?ああ、ええと・・・何でしょう?」
「なんだ、しらないのか~~~。しょうがないな~~。」
「うう、すみません。」

しょんぼりとうな垂れる雪女に、リクオは両腕を組んでふんぞり返って鼻を鳴らした。

「あれはね、まりーごーるどって言うんだよ。」
「わぁ、リクオ様良くご存じですね。」
「へへーん。」

さっき鯉半から聞いたばかりの知識を、さも自分のものかのようにリクオは自慢している。

「どこでそれを知ったのですか?」
「ああ、それはお・・・」

お父さんから、と言おうとした所でリクオの口がピタリと止まった。
誰にも秘密だと言われたばかりなのに、もう少しで喋ってしまう所だったと、リクオは慌てて自分の口を両手で押さえた。

「お?・・・ええと、どうしたんですか、リクオ様。」
「あ、ん~~と、おしえてもらったんだ、せんせいに。」
「へぇ、そうだったんですか。」

危ない危ない、とリクオはホッと胸を撫で下ろしたのだが、まだこちらを見たままニコニコとしている雪女が、どうしても自分が何を言おうとしていたのか勘ぐっているようにしか思えなかった。
もちろんそんな事など無いのだが、『秘密を持っている』という思いが、あれこれいらぬ想像を掻き立ててしまうらしい。
とにかく話を続けないと蒸し返されるかもしれないと、リクオは思い付くまま話し続けた。

「それよりゆきおんな、こいつのはなことばしってる?」
「花言葉の事まで知っているのですか?凄いですね、リクオ様。」
「これはね、『かれんなあいじょう』って言うんだよ。」
「へぇ~~~、そうなんですか。」
「うん。!」

発音からすると、言葉の意味など解ってなさそうだなと雪女は思ったのだが、それは言葉にせずただリクオが花言葉まで知っていた事に驚き、そして感心していた。

「花言葉って面白そうですね。」
「うん!ねぇゆきおんな、はなことば、おぼえてよ。」
「私がですか?」
「そう!」

雪女が覚えてくれれば、お父さんから聞いたことを『雪女に教えてもらった』と言うことが出来る。
と幼児とはとても思えない計算高さで、リクオはにぱーっと笑いながら雪女にせがみ始めた。
それにそうすればきっと、お父さんと花の事で色々と話す事が出来ると、そして花以外の事もついでに話が出来ると、リクオは思ったのだ。

「解りました。それほど興味を持たれたのでしたら、この不肖雪女、力の限り花言葉を覚えてリクオ様のお役にたちましょう!」
「やった!ありがとうゆきおんな!」
「まだお礼を言うのは早いですよ。そうですね、実際に花を見て覚えた方が良いと思うので、二人で勉強しながら覚えていきましょうか。」
「うん!」

こうして雪女は翌日『花言葉辞典』を買いに行き、そしてその日からリクオと共に花を見てはその花言葉を調べる姿が見られるようになった。


それから一年・・・

雪女は今や、奴良邸はもちろん、近所で咲く花の名前や花言葉を完全に覚えていた。
もちろんそれだけではなく他にも多くの花を覚え、さらには育てる事にも興味を持つようになり、雪女らしくないなぁ、とからかわれる事もしばしばあったほどだ。
花の名前や花言葉を覚えていくうちに楽しくなり、リクオがいない時でも花や花言葉の勉強をするようになった結果だった。

が・・・

「花ことば?そんなの女の子のすることじやないか。もういいよ、あきたし。」
「り、リクオ様~~~~(;;)」

リクオはとっくの昔に花言葉に飽きてしまい、当初の目的すらすっかり忘れてしまっていた。

 

「う~~~ん、雪女には悪ぃことしちまったかね。・・・まぁ、しょうがないか。」

リクオに『花言葉を楽しむのは女性のする事』という認識を与えてしまった原因である鯉半がそれを見て、ふぅっと小さく溜息をついていたという。

 

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