「私がお見合いですか!?」
「うむ、実は熱心な貸元がおってな。なに、母上殿には許可を貰っておるから、安心せい。」
「許可って!お、お母様は何を考えているんですか~~~~!!」
明日は文化祭の準備で朝から頼まれごとがあるからと、リクオが何時もより早く寝静まってすぐに、氷麗は鴉天狗に呼ばれてこの部屋へとやってきたのだが・・・
神妙な顔して何を言い出すのかと思えば、まさかお見合い話だとは露とも思っていなかった氷麗は、奴良邸に響き渡るような大声で叫んでしまっていた。
「そういう叫び声は母子そっくりじゃのう。」
「ちょっと待って下さい。私にはリクオ様の側近頭としての務めがあります。」
「その辺は向こうも判っておるようじゃ。シマも近いし、普段はこちらで務め、夜になったら帰ればいいじゃろ。
どうしてもというのであれば、週に一度帰ってくるだけでも構わんと、それはもう熱心でな。
自分の事よりも奴良組を大事にしておる表れというものじゃな。うむうむ。」
「そ、そんな・・・」
鴉天狗の言葉に氷麗は危機感を覚えていた。
相手は間違いなく本気で、見合いだけで済ませようと思ってノコノコ引き受けてしまえば、きっと鴉天狗も結託して、間違いなくそのまま事を進めようとするだろう。
以前はリクオ様の側近としての務めが優先と言えば、それだけで相手は引き下がったものだ。
だが今度は日通いも可能な距離な上、それでも週に1度帰ってくるだけでも構わないというほどだ。
きっと結婚にこぎつける為、用意周到に様々な対策を練っているに違いない。
「では見合いの日取りを決めておくぞ。よいな。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。」
「なんじゃ、別に断る理由など無かろう。
それとも何か、もしかして誰か心に決めた者でもおるというのか?」
「う・・・」
言えない、リクオ様だとは。
そんな事を言えばリクオ様に迷惑がかかるだろうし、『それは関係ない』とか、ましてや『リクオ様には好きな人間がおられる』などと言われでもしたら、暫らく、いや当分は立ち直れそうにない。
そう思った氷麗は、ぐっと言葉を呑みこみただ俯く事しかできなかった。
「話しはここまでじゃ。日取りが決まったら、ちゃんと見合いをしてもらうからな。」
「は、はい・・・。」
結局氷麗は、それ以上何も言えず、ただ頷く事しか出来なかった。
「ね、ねえ、話って一体・・・」 何事かと恐る恐る声を出した氷麗に、首無が面白くない顔をしながら言葉を切りだした。 「昨夜の叫び声、屋敷中に響いてたぞ。」 驚く氷麗を他所に、皆好き放題言っている。 「ちょっといいかげんにしてよ!見合いなんて冗談じゃないわ!絶対断わるんだから!」 もしかしてリクオ様にもばれているのではないかと、氷麗は気が気では無い。 「それはともかく、見合いはもはや避けられそうにない事は事実だ。 氷麗が落ち着いた所で、皆があれこれ手を考えては提案し、そしてここが良くない、そこが問題だと、真剣に協議を始めた。 『もしリクオ様に知れたら、どんなとばっちりが貸元や自分達に降りかかるか分かったものではない。』 というのが本音のところだ。 側近達の苦労は、どんな時でも絶える事がなさそうだ。
その翌日、氷麗の部屋には何故か青田坊、黒田坊、河童、首無、毛倡妓の5人が集まり、氷麗を取り囲むように座っていた。
「雪女、私達が何も知らないと思っているのか?」
何を?と不思議そうに首を傾げる氷麗を見て、首無はハァ、と溜息をつく。
「へぇ!?」
「気付いていないのは、寝ていたリクオ様と若菜様ぐらいじゃない?」
「ああ、あとは屋敷にいなかった奴らぐらいだな。」
「まったく、たかが見合いぐらいであれほどの大声を上げるとは情けない。」
「まぁ雪女じゃ仕方ないって、軽く流せるのは首無と毛倡妓ぐらいじゃない?」
結局のところ、見合い話をダシに自分をからかいに来ただけなのかと、氷麗は両肩をワナワナと震わせ始めた。
「あら、どうやって?」
「何時もの言い訳、通らなかったしね~。」
「相手は一筋縄ではいかんようだしな。」
「だからこそ、今朝から様子がおかしかったのだろう?」
「うむうむ、リクオ様も心配されていたぞ。」
「リクオ様が!?」
その事に気が付いたのか、青田坊は『いつものドジで落ち込んでいるだけです。』と誤魔化しておいたと氷麗に告げたのだが、何時ものドジってどういうことよ、と氷麗は頬を膨らました。
そのやり取りを見て他の側近達が一斉に笑い声を上げた後、首無は突然真剣な顔に戻ると、頬を膨らまし続けている氷麗に話しはじめた。
どうやって破談に持ち込むか、それを決めようじゃないか。」
「え?破談って。」
「あら雪女、見合い嫌なんじゃなかったの?」
「もちろん嫌に決まっているじゃない!」
「落ち着け落ち着け、リクオ様に聞こえたらどうする。」
「う・・・」
その様子を氷麗は『私の為にこんなに真剣になって考えてくれている。』と感動していたのだが、実のところは
まったく鴉天狗もとんでもない事をしてくれるものだと、もう少しリクオ様の事をしっかり見て頂ければ判りそうなものなのに、とも側近達は思う。
まぁ一番問題なのは、リクオ様を一番良く理解しているはずのこの娘が、その心に気付いていない事ではあるのだが。