牛鬼滝の試練(前篇)

「くくく、牛鬼様の言われたとおりだ。これから何が起きるのかも知らずに、のこのこ出てきやがって。」

ここは『牛鬼滝』。つまるところは牛鬼組の別荘地な訳だが、リクオの頼みで、牛鬼組の組員が他の妖怪が現れぬよう、特別警戒に就いているはずだった。
だが、警戒の指揮を取っているはずの牛頭丸が、牛鬼滝へと続く山道の脇にそびえ立つ杉の木の上に立ち、清十字団一行を見下ろしていた。

「牛頭丸~、何やってんだよ。また変な事考えてないよね~?」
「何言ってんだバカ。牛鬼様が言っただろう?『せっかくだから、リクオの修行を手伝ってきなさい。』ってな。」
「『様』が抜けてるよ?」
「うるさい。」

と何時もの漫才を繰り広げている間にも、牛頭丸たちの足元を清継と島、そしてゆらを先頭に、リクオとつららが続き、最後に鳥居と巻とカナが通り過ぎていった。
清継と島は妖怪の話に盛り上がり、ゆらは清継の言葉に適当に相槌を打ちつつ周囲を警戒している。


「あの、教えた方が宜しいのではないですか?」
「何を?」
「何をって・・・」

ここが牛鬼組の別荘地で、襲われる心配など無い事を、ゆらに知らせた方が良いのではないか、と提案したつもりでつららは言ったのだが、リクオは素知らぬ顔で3人の様子を眺めている。
ゆらには既にリクオの正体がばれているのだから、秘密にする事もないはずだ。

「あの・・・もしかして、楽しんでいます?」

いやーな予感がして恐る恐る聞いてみれば

「そんな訳無いでしょ?」

と屈託のない笑顔をつららに向けてくる。

(ああ、間違い無く楽しんでいる。)

つららは軽く眩暈を覚え、こめかみを押さえたくなる衝動をなんとか堪えた。
いつからリクオ様は、同級生までイタズラの対象にするようになってしまったのだろう。
自分にばかり来るよりはマシというものだが、これでは百鬼を率いる者として・・・

「あれ?」

いや、妖怪の総大将としては、むしろ喜ばしい事なのではないだろうか?
人間にイタズラして困らせるというのは、ぬらりひょんとしてあるべき姿ではないだろうか?

「え?えーと・・・」

そうは言っても、人間も妖怪も大事なのだと言っていたリクオ様が・・・と、つららは頭の中でどんどん混乱して行く。

「ふふふ。やっぱりつららは面白いなぁ。」

そんなつららの様子を見て、リクオはさらに楽しそうな笑顔を向ける。
思った通りのつららの反応に、リクオは楽しくてたまらない。

(花開院さんには悪いけど・・・ね)

ゆらは人間だが、陰陽師なのだからどちらかというとこちら側だ。
そういう思いが、ゆらに対してイタズラをする事へのハードルを下げていた。
まぁ、それも結局は、手の込んだつららに対するイタズラの一環な訳なのだが・・・

やはりイタズラをするならつららが一番だと、当の本人が聞いたら泣きそうな事をリクオは考えながら、つららの様子を楽しんでいた。


「はぁ・・・こう見せつけられてばかりいると、流石にねぇ。」
「うんざりするよね、巻。カナだってそう思うでしょ?」
「ま、まぁ、確かに。」

今、眼の前で行われている見つめ合い(?)はまだマシな方で、集合場所にやって来た時も、列車の中でも、二人はこれでもかと言わんばかりにイチャついていたのだ。(参照:いい加減にしぃ!

それだけでは飽き足らず、駅を降りた後に、及川氷麗が日傘を差しながら

『暑いですね~。手、繋いでいた方が気持ちいいですよ?』

と言ってリクオと手を繋いだのを、カナ達は聞き逃さなかった。
何を言ってるんだか、と思ったら、本当に手を繋いで、リクオがいかにも幸せそうな顔をしたのだから、開いた口が塞がらないというものだ。

当の本人は、単につららの冷気で涼んでいただけのつもりなのだが、それは事情を知らぬカナ達には分からなかった。

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