「くくく、牛鬼様の言われたとおりだ。これから何が起きるのかも知らずに、のこのこ出てきやがって。」
ここは『牛鬼滝』。つまるところは牛鬼組の別荘地な訳だが、リクオの頼みで、牛鬼組の組員が他の妖怪が現れぬよう、特別警戒に就いているはずだった。
だが、警戒の指揮を取っているはずの牛頭丸が、牛鬼滝へと続く山道の脇にそびえ立つ杉の木の上に立ち、清十字団一行を見下ろしていた。
「牛頭丸~、何やってんだよ。また変な事考えてないよね~?」
「何言ってんだバカ。牛鬼様が言っただろう?『せっかくだから、リクオの修行を手伝ってきなさい。』ってな。」
「『様』が抜けてるよ?」
「うるさい。」
と何時もの漫才を繰り広げている間にも、牛頭丸たちの足元を清継と島、そしてゆらを先頭に、リクオとつららが続き、最後に鳥居と巻とカナが通り過ぎていった。
清継と島は妖怪の話に盛り上がり、ゆらは清継の言葉に適当に相槌を打ちつつ周囲を警戒している。
「あの、教えた方が宜しいのではないですか?」
「何を?」
「何をって・・・」
ここが牛鬼組の別荘地で、襲われる心配など無い事を、ゆらに知らせた方が良いのではないか、と提案したつもりでつららは言ったのだが、リクオは素知らぬ顔で3人の様子を眺めている。
ゆらには既にリクオの正体がばれているのだから、秘密にする事もないはずだ。
「あの・・・もしかして、楽しんでいます?」
いやーな予感がして恐る恐る聞いてみれば
「そんな訳無いでしょ?」
と屈託のない笑顔をつららに向けてくる。
(ああ、間違い無く楽しんでいる。)
つららは軽く眩暈を覚え、こめかみを押さえたくなる衝動をなんとか堪えた。
いつからリクオ様は、同級生までイタズラの対象にするようになってしまったのだろう。
自分にばかり来るよりはマシというものだが、これでは百鬼を率いる者として・・・
「あれ?」
いや、妖怪の総大将としては、むしろ喜ばしい事なのではないだろうか?
人間にイタズラして困らせるというのは、ぬらりひょんとしてあるべき姿ではないだろうか?
「え?えーと・・・」
そうは言っても、人間も妖怪も大事なのだと言っていたリクオ様が・・・と、つららは頭の中でどんどん混乱して行く。
「ふふふ。やっぱりつららは面白いなぁ。」
そんなつららの様子を見て、リクオはさらに楽しそうな笑顔を向ける。
思った通りのつららの反応に、リクオは楽しくてたまらない。
(花開院さんには悪いけど・・・ね)
ゆらは人間だが、陰陽師なのだからどちらかというとこちら側だ。
そういう思いが、ゆらに対してイタズラをする事へのハードルを下げていた。
まぁ、それも結局は、手の込んだつららに対するイタズラの一環な訳なのだが・・・
やはりイタズラをするならつららが一番だと、当の本人が聞いたら泣きそうな事をリクオは考えながら、つららの様子を楽しんでいた。
「はぁ・・・こう見せつけられてばかりいると、流石にねぇ。」
「うんざりするよね、巻。カナだってそう思うでしょ?」
「ま、まぁ、確かに。」
今、眼の前で行われている見つめ合い(?)はまだマシな方で、集合場所にやって来た時も、列車の中でも、二人はこれでもかと言わんばかりにイチャついていたのだ。(参照:いい加減にしぃ!)
それだけでは飽き足らず、駅を降りた後に、及川氷麗が日傘を差しながら
『暑いですね~。手、繋いでいた方が気持ちいいですよ?』
と言ってリクオと手を繋いだのを、カナ達は聞き逃さなかった。
何を言ってるんだか、と思ったら、本当に手を繋いで、リクオがいかにも幸せそうな顔をしたのだから、開いた口が塞がらないというものだ。
当の本人は、単につららの冷気で涼んでいただけのつもりなのだが、それは事情を知らぬカナ達には分からなかった。