あなたの誕生花 ~当日

それから4日後、歌舞伎町商店街のアクセサリー店に、リクオとつららの姿があった。
約束通りつららの誕生日プレゼントを買いに来た、というわけだ。

「このブローチもいいですねぇ。」

そう言ってつららが手に取ったのは、シザンサスの花を模ったブローチだった。

「あれ?そういえばさっきも似たような花の飾物を見ていなかった?」
「はい。シザンサスは、私の誕生花なんですよ。」

そういえばそうだった、とリクオはポンと手を打ち照れ笑いする。

「ふふふ、リクオ様、知っていますか?シザンサスの花言葉は、『良きパートナー』なんですよ。」

そんなリクオに、つららは嬉しそうな、それでいて照れるような笑いを浮かべながら、自分の誕生花の花言葉を述べた。

「ふーん、ボクとつららの関係にぴったりだね。」
「ええ!?」

まるで自分の心を見透かしたように、しれっととんでもない事を言う主の言葉に、つららは顔を真っ赤にしてうろたえる。
それをリクオはクスリと笑って見つめると、すました顔でさらに問いかけた。

「あれ?違うの?」
「は、はい!もちろんです!!」

満足のいく下僕の答えにリクオは上機嫌となって、『よし、じゃあこのブローチにしようか。』と誕生日プレゼントを買うと、つららと手を繋ぎ奴良邸へと帰宅した。

 

自室へ戻った後、改めてつららがブローチを身に付けて御礼を言いに来た時、リクオはふと思った事を口にした。

「ねぇ、つらら。ところでボクの誕生花は何?」
「9月23日でしたね。・・・えーと、いいじゃないですか。」

少し考えた後、つららは冷や汗を掻きながら視線をそらした。
その事にリクオは『何で?』と不思議そうな顔をして、拗ねたような声を上げる。

「何だよ、気になるな~。だったら、カナちゃんにでも聞いてみようかな。」
「い、言います言います!思草(ナンバンキセル)です!」

カナの名前を出した事にちょっと後ろめたい物を感じたが、これなら確実につららが教えてくれるんだから、仕方が無いよね。とリクオは自分に言い聞かせた。
まぁそれはそれ、とさらにリクオはつららに問いかける。

「ふ~ん。花言葉は?」
「『物思い』です。」
「別に普通じゃないか。何ですぐに教えてくれなかったの?」
「あー、いえ。えーと、そうですよね。アハハハハハ・・・。」
「??」

何か誤魔化しているように見えるつららの態度に、リクオは何だろうかと疑問に思う。
その事を口にするよりも早く、翼の羽ばたく音と共に、黒羽丸が血相を変えて舞い降りてきた。

「若頭が寄生植物とはどういうつもりだ!雪女!」
「へ?」
「べ、別に私が決めた事じゃないわよ!」

突然現れたかと思えば、雪女と激しい言い争いを始めた黒羽丸に、リクオは益々訳が分からなくなる。
リクオはまずは理由を知らなければと、さらに言い争いを続けようとしている二人の間を両腕で押し開いた。

「だから一体何の話さ!」

リクオが間に入ったことでようやく落ち着きを戻した黒羽丸が、リクオに騒いだ事を謝罪した後に説明を始めた。
つららも交えた説明によると、思草というのは他の植物から養分を吸い取って成長する寄生植物で、つららがリクオの事を思草に例えたと勘違いした、ということらしい。

「なんだ、合ってんじゃねぇか。」

それを何処で聞いていたのか、いつの間にか牛頭丸がリクオの背後に立ち、クククとうすら笑いを浮かべている。

「それは聞き捨てならんな。」
「いい度胸ね、牛頭丸。」

黒羽丸とつららがギロリと牛頭丸を睨むが、どこ吹く風と平然としながら、ズイッとリクオに顔を近づけ言葉を続ける。

「だってそうだろ?鬼纏ってのも結局、手下の力で成り立ってんじゃねぇのか?
 手下がいねぇと、強い敵には手も足も出ねぇんだから、思草ってのはぴったりじゃねぇか。」

うぐっと言葉に詰まってしまったリクオを庇うように、つららと黒羽丸が前に出ると、まずはつららが激しく牛頭丸に詰め寄った。

「何言ってんのよ!鬼纏はリクオ様でなきゃできないんだし、リクオ様の力も含めて敵を倒していたでしょう!?
 だから寄生じゃなくて、せいぜい半寄生ってところよ!」
「ま、まて雪女、それは何か違うぞ。」
「ぎゃははははは!部下にも寄生してるって言われてやんの。いいのかよ、若頭。こんな好きな事言わせといて。」

大笑いしながら牛頭丸がリクオの方を見てみると、『がーーーーん』とショックを受け青ざめたリクオが立ち尽くしていた。
牛頭丸や他の者に言われた所で軽く流せるリクオではあったが、つららに言われると流石に堪えるようだ。

「そもそも雪女。若頭にご説明していた時に気がついたが、若頭の誕生花は思草ではないぞ。」
「え?」
「彼岸花ではなかったか?日が日なだけに、私でも聞いた覚えがあるのだが。」

黒羽丸の言葉に、つららがあれれ?と首を傾げながら目を瞑り考え込む。
少しして、『あっ』と声を上げて目を見開くと、リクオの前に膝をつき涙をぽろぽろと流しながら謝り始めた。

「申し訳ありません!リクオ様!私とした事が、誕生花を1日間違えるなどと!」
「・・・間違い?」

ようやくショックから立ち直ったリクオは、あまりの展開についていけず茫然としたままつららに聞き返す。

「はい!思草は9月22日の誕生花でした!まさかこのような間違いを犯すとは!」
「いいってつらら。勘違いなんて誰にでもあるし、誕生花が分かる事自体、凄い事だと思うよ。」

ようやく落ち着きを取り戻したリクオが、よしよしとつららの頭を撫でながら『気にしなくていいよ』と慰めたのだが

「いいえ、そうは参りません!この雪女、いかなる罰もお受けいたします!」

それでも謝罪を止めない側近の姿に、むくりとイタズラ心が首をもたげてきた。
自分の事を『半寄生』と言った仕返し、という思いもあったのかもしれない。

「・・・ふうん、どんな罰でも?」
「・・ハッ!?」
「・・む。」
「・・チッ。」

ニコリと微笑むリクオの顔の奥に何やら不穏なモノを感じたつららが身動ぎすると同時に、黒羽丸と牛頭丸もまた『もしかして』と嫌な予感に顔をしかめる。

「そうだね。じゃあつらら、今夜全部の務めが終わったら、僕の部屋に来てね。」
「若頭、それは・・」
「やだなぁ黒羽丸。罰の為だよ。本人も望んでいる事だし。」
「・・・」

黒羽丸は困って牛頭丸の方を見るが、当の牛頭丸は不機嫌も露わにドシドシと床を踏み鳴らしながら去って行っていた。

「あの・・・リクオ様?おイタは無しですよね?」

恐る恐るリクオを見上げながら、つららが問いかけると、リクオは本当に嬉しそうにニッコリと微笑みながら、下僕に最後通知を行った。


「どんな罰でも受けるって、言ったよね?」


雪女の叫び声が、奴良邸に木霊した。

 

 


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