寄り添う2

叫んで、誰よりも素早く動いたリクオは、氷麗に駆け寄ると、縮こまった氷麗をガバリと抱き上げた。

「ひゃ…!?」

驚く氷麗をよそに、慌てて部屋を飛び出した。

「誰か!氷!氷!」


叫ぶ声があっという間に遠ざかっていく。

「…お、及川さん…。」

真っ青な顔の島は、氷麗に火傷を負わせてしまったろうかと呆然としている。


「だ、大丈夫かな…。」

「…オレ…。」

涙目の島に、若菜がにっこりと笑う。


「大丈夫よ。…お茶は、そんなに熱く無いから。それより、島君は大丈夫?服は濡れなかったかしら?」

「は、はい。オレは全然…。」

「そう。よかったわ。じゃ、お代わり持ってきましょうね。」

そう言って、さっと後を片付けてしまった。


「リクオは、すぐに戻ると思うから、皆は気にしないで。…あ、そう言えば、おいしい羊羹があるのよ、待っててね~。」

ニコニコと笑い、のんびりとした若菜の言葉に、皆は何となく安心して、ほう、と息をつく。


「…奴良、凄かったね。」

「うん。リクオ君、早かったよね。びっくりしちゃった。」

鳥居の言葉に、カナも頷く。


「いきなり、お姫様抱っことはな~。」

「…及川さんを…オレが、オレが運びたかった…!」

感心する巻の隣で、島が的はずれな後悔に歯がみしている頃、台所ではリクオがつららを膝に抱きかかえていた。


「あの…本当に、もう大丈夫ですから…。」

「駄目だよ、足にもかかってる!あ、お腹の所は…?」

氷嚢を手に、ワンピースをめくろうとしたリクオの頭を、ぽかり、と若菜が叩いた。

「リクオ、いい加減につららちゃんを離しなさい!」

「…何するのさ、母さん。」


振り返ると、若菜の手には羊羹の箱が握られている。

「あんたこそ、台所で何してるの。女の子のスカートまくるなら、もうちょいムードを考えなさい!」

「え…。」

言葉を失い、はた、と周りを見回せば、野次馬が大勢、台所を覗いている。
 腕の中のつららを見遣れば、顔を真っ赤にして、必死でスカートを抑えている。

「…もう、大丈夫です…。」

消え入りそうな声のつららを見れば、涙目だ。

「う…。ご、ごめん…。」

今になり、自分が衆目の前で彼女にしようとしたことに気づき、顔が赤らむ。

「本当、大したことが無くて良かったわ。」

「ご心配おかけしました…。」


とっさに、冷気でお茶を冷やしたから大事には至らなかったが、少し跳ねたようで、溶けたところに氷嚢をあてて治している。
 妖怪なので、その辺は便利だ。


「…けど、着替えないとね、それ。」

「…そ、そうですね…。」

つららは眉を寄せた。今日に限って、真っ白なワンピースなのだ。
 目立つところにお茶が飛んで、染みになっている。
 変化を解けば簡単だが、今のつららは及川氷麗であり、ここに着替えがあるわけが無い。

そこに、


「お任せ下さいな♪」

楽しげに顔を出したのは毛娼妓だ。

「へ?」

「服、着替えれば良いんでしょう?」

にっこりと笑い、つららをリクオの膝から立たせると、

「リクオ様は、お部屋にお戻り下さい。お友達が、心配してますよ。」

ヒラヒラと手を振り、つららの背を押して台所を出て行ってしまった。

「…。」


リクオは言われるままに、座敷に戻る。


「あれ、及川さんは?」

「怪我は、及川さんに怪我はっ!?」

口々に言う皆に、リクオは首を傾げて

「…何か、着替えるって…。」

と呟く。
リクオも、何が何やら分からぬ間に、台所を追い出されてしまった。
 どういう事だろうかと首を傾げていると、ややあって、若菜が顔を出した。

「皆、おやつよ~。」

先ほど、息子の頭を殴った羊羹を皆に配る若菜が言うには、家にある服に着替えさせているらしい。


「若い女の子用って、あまり無いから…丁度良いのがあると良いんだけど。」

そう言ってコロコロと笑う若菜はひどく楽しげだ。

「…?」

どういう意味かとリクオが眉を寄せていると、すらり、と襖が開いた。

「…お待たせ…しました…。」

「あ…。」


そこに立っていたのは、淡い桃色の着物を着た氷麗だった。髪もふわりと結い上げられ、恥ずかしげに俯いている。

 

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