それから1時間ほど後、ようやく出かける準備の終えたリクオと氷麗が屋敷を出た。
通学の途中、ボロが出ないようにと、氷麗がリクオの振る舞いにチェックを入れてみたのだが・・・
「いいですか、若。さっきも言った通り、人の良い、明るい笑顔で挨拶ですよ。何時もやっている事じゃないですか。」
「だからこうだろ。」
ニカッとリクオは爽やかに笑ったが、氷麗は再びハァ~~~、と溜息を吐く。
それに対して、何がいけないんだとリクオは口をとがらせた。
「ですから、もっと頬をこう。先ほどのリクオ様の笑顔では、人を惹き付けてしまいます。こうですよ、こう。」
氷麗は真剣な面持ちで、リクオの頬に指を当て表情のレクチャーをしようとしているのだが・・・さすがの夜のリクオでも、周囲の視線と時折聞こえる『クスクス』という声に気が気ではない。
「おひ、ふらら・・・」
「駄目ですよ、ちゃんとやらないと。ほら、こうです。」
あの時の言葉が効き過ぎたか・・・と自分のした事を後悔するリクオだったが、いつまでもこの状況を放っておく訳にもいかない。
『ちゃんとやる』と氷麗の手を振り払うと、再び氷麗に向けて笑いかけた。
「流し目を使ってどうするんですか!そんな事をしたら女生徒・・あ、いえ、クラスメイト達に変な目で見られますよ!」
実のところ、ここは誤魔化すのが一番だと氷麗に色仕掛けをしたつもりだったのだが、『仕事熱心な側近』と化した氷麗には通用しなかったようだ。
「あ~、もう面倒だな。」
「何を言っているんです。リクオ様ご自身が望んだことでしょう?」
「まぁそうなんだけどよ・・・」
リクオは頭をポリポリと掻くと、おもむろに氷麗の腕を取り、自分の体に氷麗をピタリと引き寄せて、その腕を自分の腕に絡めとった。
「リクオ様!?」
「氷麗、周りが注目しているだろ?周り中に聞こえる声でこんな事してどうする。」
「え?」
ようやく自分達の置かれた状況を理解した氷麗が、顔を真っ赤にさせ顔を俯かせる。
「ほら、こうすれば自然と小声で話せるだろ。このまま、コツみたいなもんを教えてくれねぇか?」
「は、はい・・・」
これで拷問のような状況は打破出来た。と思ったリクオだったのだが、実のところ周囲の状況に関してはあまり変わっていない。
腕を組み顔を寄せて歩く二人は、誰がどう見ても熱々のカップルにしか見えなかった。
そうこうしているうちに二人が学校へと辿り着いたのだが、既に2時間目の授業が終える直前だった。
丁度その時リクオの教室では、カナが何気なく窓の外を見て、ようやく登校してくるリクオの姿を見つける。
「あれ?もしかして、あれってリクオくんなんじゃ・・・」 女生徒と一緒に居る、というのまでは分かるが、それほど目が良いわけではないカナには、おそらくリクオくんと及川さんだろう、というぐらいしか分からない。 「ほんまやな。二人して遅刻とは、いい度胸しとんな。」 ゆらが良く目を凝らしてみれば、リクオと氷麗は堂々と腕を組みながら校門をくぐっているではないか。 「ほう、珍しい。」 でもなんで及川さんまで・・・と不機嫌も露わなカナの声に『まぁ僕やしなー』とは言えず、ゆらはとりあえず笑って誤魔化す。 「ま、それもあるけどな。ほら、あんな堂々としとるやろ。」 ゆらは腕を組んでいる事を指して言ったのだが、その事にまだ気が付いていないカナは、遅刻しているにも関わらず、気まずそうな様子もなく堂々と歩いている、と解釈していた。 「そういえばそうね・・・って、え?ちょ・・・、う、腕組んで・・・ない?」 ようやく気が付いたんか、とゆらは覚めた目でカナを見るが、ここで騒がれても困ると、もはや興味なさげに黒板へと視線を戻した。 「見間違いやろ。あの奴良くんが学校で堂々とあんな事出来るはずないし。」 カナはまだ納得のいかない様子だったが、とりあえず授業に意識を戻すことにしたらしい。 「まったく、雪女め。周りに誰もおらんだら、何やっても目立たんとでも思っとんのか? 実のところは氷麗からではなく、リクオから腕を組んでいた訳なのだが・・・
カナの言葉に反応したゆらが、窓に目をやりながら話しかける。
「ムッ。」
カナの方は、まだそこまでははっきりとは見えていないらしいが、半目で睨んでいるあたり、二人が一緒である事に腹を立てている事は疑いようが無い。
「そ、そうね。リクオくんが遅刻なんて。」
「そ、そうかな。」
それを確認してから、ゆらはハァ~~~~っと溜息をついた。
後で文句言っとかんとあかんな。」
そんな事は露とも知らず、ゆらは奴良くんにも説教が必要かもな~、とこれからの事に思いを馳せていた。