若奥様は大忙し 2

皆がそろい、ようやく勉強を始めるが、氷麗は学生のふりをしているだけなので、数学の教科書とノートを前に、目をグルグルとさせるばかりだ。


「り、リクオ様…。」

「ん?どれ…。」


涙目で訴える氷麗の頭を撫で、優しく教えるリクオの姿に気づき、カナはハッとする。


(…ち、近くない…?)

頭を寄せ合い、囁き合う二人。
 見つめ合う顔の近さは、吐息が触れ合うほどで、何を話しているのかは分からぬが、何やら雰囲気がおかしい。
 リクオの手が今にもつららを抱きそうで、カナは胸がモヤモヤと焦げ付く。


「り、リクオ君!ここ、教えて欲しいんだけど…!」

耐えきれずに、ずい、と教科書を差し出せば、

「うん。良いよ。どこ?」

にっこりと笑って、リクオはすぐにカナの横に来る。


「えと、ここ、なんだけど…。」

「うん、これはね…。」

隣のリクオの顔をチラリと覗くが、先ほどの氷麗とは、何となく距離が違う気がする。
 おそらく、わずかに数cmの差なのだが、それがやけに大きく感じてしまう。

(…あれ…?)

そっとリクオの顔をのぞき込むが、

「ん?どうかした?」

不思議そうに問い返され、


「う、ううん!リクオ君、教えるのうまいなーって!」

慌てて返すしかできない。


*


そうして、小一時間も経った頃だろうか、ふと、氷麗が顔を上げて縁側の方を見つめた。


「…つらら?」

リクオが、どうしたのだろうかと首を傾げていると、氷麗はハッとして、縁側に続く障子を開いた。


「あぁっ!」

小さな悲鳴を上げ、氷麗は廊下を駆け出した。


「何だ、妖怪か!?」


清継が意気込むが、広い庭には、人っ子一人いない。ただ、ほつり、ほつりと雨が降り出してきただけだ。


「何だ?何も居ないじゃないか…?」


皆、首をかしげたときだ。


「キャー!いやーっ!」

向こうで悲鳴が上がった。

「何だ?妖怪か?」

「そんな、まさか?」

「敵襲か?」


気色ばんで清継とリクオとゆらが腰を上げる。
何事かと部屋を出て声の方へ走ってみれば、叫んだのは、若菜のようだ。

庭で右往左往している。


「お布団が!お洗濯ものが!」

「て、手伝います!」

とっさに、リクオ達についてきていたカナも、庭に降りる。
 お手伝いさんらしき人影が数人出てきて、慌てて布団や洗濯物を取り込む事になった。

清継や巻達も、縁側に運び込まれる大量の荷物を座敷に上げるのを手伝う。
 そんな中、先ほど、真っ先に部屋を出て行った氷麗は誰よりもくるくると動き、あっという間に洗濯物を取り込んでいく。
 いつものちょっとドジな彼女が嘘のようだ。


「さっきまで、晴れてたのにー!」

泣きそうな顔で布団を抱えては、縁側に運び込んでいる。


「こっちは、もう終わったよ、及川さん!」

「ありがとう!」

清十字団の活躍(?)もあり、何とか雨が本格的に降り出す前に、片付けることができた。
 皆、ほっと胸をなで下ろす。


「…ふう、助かったわ~、カナちゃん、ありがとう。」

「申し訳ありません、皆さん。お客様なのに…。」

「いえいえ、これくらい、何てことはありませんよ。」

「しっかし、すごい布団だなー。奴良、お前ん家、何人家族なんだよ?」

「いや、住み込みの人も居るからね…。」


と、和気藹々とする中、カナは何やら、違和感を覚えた。

「…あれ…?」

何だったろうか、と考え、くるりと振り向き、ハッとする。


「…んもう、にわか雨なんて…。」

口を尖らせて洗濯物の被害を確かめている氷麗がいた。


(…そういえば、どうして及川さん…。)


なぜ、真っ先に飛び出したのか。


やたらと手際が良いし、まるで以前から、こういう事を奴良家でしているかのようではないか。


(…あ、あれれ~?)

何か、おかしくはないだろうか?


カナは、小さなお客様らしく、皆にお礼を言われたのだが、氷麗はそんな様子もない。
 むしろ、手伝って当然、といった風である。


「…及川さん…な、慣れてるのね…。」

問えば、つららはニコリと笑う。

「ええ、まあ。これくらいはいつもの事ですから…」

「いつも…?」

カナの不思議そうな声に、つららはハッとした様子で、

「あ、あの、私、いつも家で母の手伝いをしているので…!ホホ、ホ…。」

ぐるぐると目を泳がせて動揺している。

「そうなの…?」

おかしい。
 氷麗が奴良家で家事を手伝う姿が、まるで違和感が無い。無さ過ぎておかしい。


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