皆がそろい、ようやく勉強を始めるが、氷麗は学生のふりをしているだけなので、数学の教科書とノートを前に、目をグルグルとさせるばかりだ。
「ん?どれ…。」 頭を寄せ合い、囁き合う二人。 耐えきれずに、ずい、と教科書を差し出せば、 「うん。良いよ。どこ?」 にっこりと笑って、リクオはすぐにカナの横に来る。 「うん、これはね…。」 隣のリクオの顔をチラリと覗くが、先ほどの氷麗とは、何となく距離が違う気がする。 (…あれ…?) そっとリクオの顔をのぞき込むが、 「ん?どうかした?」 不思議そうに問い返され、 慌てて返すしかできない。 リクオが、どうしたのだろうかと首を傾げていると、氷麗はハッとして、縁側に続く障子を開いた。 小さな悲鳴を上げ、氷麗は廊下を駆け出した。 向こうで悲鳴が上がった。 「何だ?妖怪か?」 「そんな、まさか?」 「敵襲か?」 庭で右往左往している。 「て、手伝います!」 とっさに、リクオ達についてきていたカナも、庭に降りる。 清継や巻達も、縁側に運び込まれる大量の荷物を座敷に上げるのを手伝う。 泣きそうな顔で布団を抱えては、縁側に運び込んでいる。 「ありがとう!」 清十字団の活躍(?)もあり、何とか雨が本格的に降り出す前に、片付けることができた。 「申し訳ありません、皆さん。お客様なのに…。」 「いえいえ、これくらい、何てことはありませんよ。」 「しっかし、すごい布団だなー。奴良、お前ん家、何人家族なんだよ?」 「いや、住み込みの人も居るからね…。」 「…あれ…?」 何だったろうか、と考え、くるりと振り向き、ハッとする。 口を尖らせて洗濯物の被害を確かめている氷麗がいた。 何か、おかしくはないだろうか? 問えば、つららはニコリと笑う。 「ええ、まあ。これくらいはいつもの事ですから…」 「いつも…?」 カナの不思議そうな声に、つららはハッとした様子で、 「あ、あの、私、いつも家で母の手伝いをしているので…!ホホ、ホ…。」 ぐるぐると目を泳がせて動揺している。 「そうなの…?」 おかしい。
「り、リクオ様…。」
涙目で訴える氷麗の頭を撫で、優しく教えるリクオの姿に気づき、カナはハッとする。
(…ち、近くない…?)
見つめ合う顔の近さは、吐息が触れ合うほどで、何を話しているのかは分からぬが、何やら雰囲気がおかしい。
リクオの手が今にもつららを抱きそうで、カナは胸がモヤモヤと焦げ付く。
「り、リクオ君!ここ、教えて欲しいんだけど…!」
「えと、ここ、なんだけど…。」
おそらく、わずかに数cmの差なのだが、それがやけに大きく感じてしまう。
「う、ううん!リクオ君、教えるのうまいなーって!」
*
そうして、小一時間も経った頃だろうか、ふと、氷麗が顔を上げて縁側の方を見つめた。
「…つらら?」
「あぁっ!」
「何だ、妖怪か!?」
清継が意気込むが、広い庭には、人っ子一人いない。ただ、ほつり、ほつりと雨が降り出してきただけだ。
「何だ?何も居ないじゃないか…?」
皆、首をかしげたときだ。
「キャー!いやーっ!」
気色ばんで清継とリクオとゆらが腰を上げる。
何事かと部屋を出て声の方へ走ってみれば、叫んだのは、若菜のようだ。
「お布団が!お洗濯ものが!」
お手伝いさんらしき人影が数人出てきて、慌てて布団や洗濯物を取り込む事になった。
そんな中、先ほど、真っ先に部屋を出て行った氷麗は誰よりもくるくると動き、あっという間に洗濯物を取り込んでいく。
いつものちょっとドジな彼女が嘘のようだ。
「さっきまで、晴れてたのにー!」
「こっちは、もう終わったよ、及川さん!」
皆、ほっと胸をなで下ろす。
「…ふう、助かったわ~、カナちゃん、ありがとう。」
と、和気藹々とする中、カナは何やら、違和感を覚えた。
「…んもう、にわか雨なんて…。」
(…そういえば、どうして及川さん…。)
なぜ、真っ先に飛び出したのか。
やたらと手際が良いし、まるで以前から、こういう事を奴良家でしているかのようではないか。
(…あ、あれれ~?)
カナは、小さなお客様らしく、皆にお礼を言われたのだが、氷麗はそんな様子もない。
むしろ、手伝って当然、といった風である。
「…及川さん…な、慣れてるのね…。」
氷麗が奴良家で家事を手伝う姿が、まるで違和感が無い。無さ過ぎておかしい。