若奥様は大忙し 3

「しかし、よく気づいたね、つらら。」

 


そこに、リクオがひょいと顔を出した。

「あ、リクオ様…!そういえば、お勉強の途中だったのに、申し訳ありません!」

ハッとして氷麗は頭を下げるが、

「いや、良いよ。布団大丈夫だった?」

「ハイ!リクオ様のは死守しましたから!」


にっこりと満面の笑みを浮かべて胸を張るつららの声に、カナはますます不審な目を向ける。

「リクオ君の…?」


なぜ、氷麗がリクオの布団を知っていると言うのか。


(…何をしとるんや、あの二人は。)

それを聞いていたゆらは、二人の主従関係を知っていればこそ、


「どれがリクオ君の布団か知ってるなんて、布団を知るくらいに添い寝とかあれこれしとるんかー!?柿ピーな関係か-!?」


などと叫びはせぬが。
 端から見ても、怪しいことこの上ないそぶりの二人に、思わずジト目になる。


(うちがフォローするんは、妖怪だけやぞ…?)

面倒そうに視線を送る先では、リクオが慌てて言いつくろっている。


「あ…!イヤイヤ、その、多分、僕の、ってことかな?ほ、ほら、皆待ってるよ、カナちゃん。行こう?」

リクオはジト目のカナに冷や汗を流し、引きつる笑顔で言えば、まだ納得のいかない様子のカナはリクオに言う。


「ねえ…リクオ君と及川さんて…。どういう関係?」

「へ?」

「か、関係?つららと僕?」


疑わしくて仕方ない。
 カナに見つめられ、二人はチラリと目を見交わし、頬を染めたり、真っ青になったり。目を白黒させている。


(怪しい…!絶対に怪しい…!)

カナも気づいていた。氷麗が、今日はいつもよりも自然に「リクオ様」と呼んでいることを。
 普段から「若」などと呼びかけていて、怪しいのだが、リクオもそれに疑問を呈する様子もない。

 怪しい。二人とも、怪しい。

カナがさらに突っ込もうとしたときだ。廊下を曲がってきた青年がリクオに声をかけた。


「あれ、リクオ様、何してるんです?そんなとこで。」

「しょ、猩影君?」


ふらりと遊びに来たらしい猩影は、顔なじみの陰陽師娘に少し眉を上げたが、何よりもつららの珍しい洋服姿に目を奪われ、へにゃりと顔をほころばせた。


「つらら姐さん、珍しいですね。その格好も可愛いですよ。」

「あ、ありがとう…。」


その光景に、巻と鳥居がきらりと目を光らせる。


「おやあ?あのイケメンは誰かな?」

「ちょっと、前に見たことある人じゃない?及川さんと一緒に買い物してた!」

「あっ!」


目を引く高さの背丈に、目立つ赤いフード。秀麗な顔。
 そうそう居る顔ではない。


「おやあ?奴良は、お兄さんとかいってなかったっけ?」

「ははぁ、そういうことですかぁ?」


ふむふむ、とあごを撫でて、猩影を見やる。
 彼の眼中には、もはや氷麗しか映っては居ない。その、おもしろそうな関係に、二人の小姑たちはどうなることかとほくそ笑む。

 それに気づかぬ猩影は、しばしとりとめのない挨拶などしていたが、ふと顔を上げると、


「あ、そうだ。リクオ様、姐さん、今夜、泊まっていっても良いですか?俺ンとこ、今日は女衆が出かけちゃって…。メシ作ってくれる奴が居ないんですよ。」

と頭をかいた。

「あら、大変ね。それは勿論…ここは、あなたの家みたいなものなんだから、遠慮しないで。」

「そうだよ、猩影君なら、いつだって歓迎だよ。」


躊躇無く答えたリクオとつららだが、


「どうして…リクオ君の家に泊まるのを及川さんが許可してるわけ…?」

背後から響いた声に、びくりと肩をふるわせた。

「…ハッ!」


恐る恐る振り向くと、ゴ、ゴ、ゴと音がしそうな雰囲気で、カナがこちらを睨んでいる。


「はわわ…!」


うっかりとした失言に、氷麗は口を押さえてあたふたしている。


「あ、そういや、お客さんですか?済みません。何か、こっちが賑やかだったんで。」


にっこりと笑った猩影は、悪びれる風もなく、


「ここの風呂、でかくて好きなんですよねぇ。あ、姐さん、忙しいならオレ、買い物手伝いますよ?」


などと氷麗に話しかける。
 氷麗はそれどころではなく、どうにかしてこの場を誤魔化さねば、と慌てるが、猩影は


「気、使わないでくださいよ。将来の奴良家の奥様なんだし。」


とのんびり笑った。
その瞬間。

 


「リ・ク・オ・くーん!?どういうことっ!今日こそ説明してもらうわよっ!」

 


「ひぃっ…。」


カナから立ち上がる悋気に、猩影は


「…新入りの鬼女ですか?」


と思わず氷麗に囁いた。


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