「しかし、よく気づいたね、つらら。」
そこに、リクオがひょいと顔を出した。
「あ、リクオ様…!そういえば、お勉強の途中だったのに、申し訳ありません!」
ハッとして氷麗は頭を下げるが、
「いや、良いよ。布団大丈夫だった?」
「ハイ!リクオ様のは死守しましたから!」
にっこりと満面の笑みを浮かべて胸を張るつららの声に、カナはますます不審な目を向ける。
「リクオ君の…?」
なぜ、氷麗がリクオの布団を知っていると言うのか。
(…何をしとるんや、あの二人は。)
それを聞いていたゆらは、二人の主従関係を知っていればこそ、
「どれがリクオ君の布団か知ってるなんて、布団を知るくらいに添い寝とかあれこれしとるんかー!?柿ピーな関係か-!?」
などと叫びはせぬが。
端から見ても、怪しいことこの上ないそぶりの二人に、思わずジト目になる。
(うちがフォローするんは、妖怪だけやぞ…?)
面倒そうに視線を送る先では、リクオが慌てて言いつくろっている。
「あ…!イヤイヤ、その、多分、僕の、ってことかな?ほ、ほら、皆待ってるよ、カナちゃん。行こう?」
リクオはジト目のカナに冷や汗を流し、引きつる笑顔で言えば、まだ納得のいかない様子のカナはリクオに言う。
「ねえ…リクオ君と及川さんて…。どういう関係?」
「へ?」
「か、関係?つららと僕?」
疑わしくて仕方ない。
カナに見つめられ、二人はチラリと目を見交わし、頬を染めたり、真っ青になったり。目を白黒させている。
(怪しい…!絶対に怪しい…!)
カナも気づいていた。氷麗が、今日はいつもよりも自然に「リクオ様」と呼んでいることを。
普段から「若」などと呼びかけていて、怪しいのだが、リクオもそれに疑問を呈する様子もない。
怪しい。二人とも、怪しい。
カナがさらに突っ込もうとしたときだ。廊下を曲がってきた青年がリクオに声をかけた。
「あれ、リクオ様、何してるんです?そんなとこで。」
「しょ、猩影君?」
ふらりと遊びに来たらしい猩影は、顔なじみの陰陽師娘に少し眉を上げたが、何よりもつららの珍しい洋服姿に目を奪われ、へにゃりと顔をほころばせた。
「つらら姐さん、珍しいですね。その格好も可愛いですよ。」
「あ、ありがとう…。」
その光景に、巻と鳥居がきらりと目を光らせる。
「おやあ?あのイケメンは誰かな?」
「ちょっと、前に見たことある人じゃない?及川さんと一緒に買い物してた!」
「あっ!」
目を引く高さの背丈に、目立つ赤いフード。秀麗な顔。
そうそう居る顔ではない。
「おやあ?奴良は、お兄さんとかいってなかったっけ?」
「ははぁ、そういうことですかぁ?」
ふむふむ、とあごを撫でて、猩影を見やる。
彼の眼中には、もはや氷麗しか映っては居ない。その、おもしろそうな関係に、二人の小姑たちはどうなることかとほくそ笑む。
それに気づかぬ猩影は、しばしとりとめのない挨拶などしていたが、ふと顔を上げると、
「あ、そうだ。リクオ様、姐さん、今夜、泊まっていっても良いですか?俺ンとこ、今日は女衆が出かけちゃって…。メシ作ってくれる奴が居ないんですよ。」
と頭をかいた。
「あら、大変ね。それは勿論…ここは、あなたの家みたいなものなんだから、遠慮しないで。」
「そうだよ、猩影君なら、いつだって歓迎だよ。」
躊躇無く答えたリクオとつららだが、
「どうして…リクオ君の家に泊まるのを及川さんが許可してるわけ…?」
背後から響いた声に、びくりと肩をふるわせた。
「…ハッ!」
恐る恐る振り向くと、ゴ、ゴ、ゴと音がしそうな雰囲気で、カナがこちらを睨んでいる。
「はわわ…!」
うっかりとした失言に、氷麗は口を押さえてあたふたしている。
「あ、そういや、お客さんですか?済みません。何か、こっちが賑やかだったんで。」
にっこりと笑った猩影は、悪びれる風もなく、
「ここの風呂、でかくて好きなんですよねぇ。あ、姐さん、忙しいならオレ、買い物手伝いますよ?」
などと氷麗に話しかける。
氷麗はそれどころではなく、どうにかしてこの場を誤魔化さねば、と慌てるが、猩影は
「気、使わないでくださいよ。将来の奴良家の奥様なんだし。」
とのんびり笑った。
その瞬間。
「リ・ク・オ・くーん!?どういうことっ!今日こそ説明してもらうわよっ!」
「ひぃっ…。」
カナから立ち上がる悋気に、猩影は
「…新入りの鬼女ですか?」
と思わず氷麗に囁いた。