「よし!いいぞ!
及川さんのチョコ及川さんチョコ及川さんの・・・」
ブツブツと呪文のように『及川さんのチョコ』と何度も唱えながら、島は震える手で紙を開く。
「やった!1番だ!」
島にしてみれば、1番=及川さんのチョコ、なのだから、そう思うのも当然かもしれない。
「あ、私のよ。」
だが、声を発したのは氷麗では無く、カナだった。
ガクーっとあからさまな落胆の色を出し崩れ落ちる島を見て、カナは怒りの形相も露わに島の胸ぐらを掴んで引き摺り上げた。
「そんなに私のチョコがいらないなら、これ返してもらうわよ!?」
「そ、そんなこと無いっスよ!?嬉しいっス!」
カナの剣幕に、島は顔を青くしてフルフルと振りながら、チョコをありがたそうに頭上に持ち上げた。
「それなら良し!」
島が手にしたそれは、綺麗にラッピングされたメーカー品で、それなりの品物だった。
「ほう、さすが家長くん。センスのいい選択だね。」
「そ、そうかな。」
「うん、これって確か、駅前の店の奴だよね~。」
清継とカナ、そして鳥居と巻が楽しそうに話していると、ガラリと突然扉が開き、ぬっとどこかで見た巨漢が生徒会室に姿を現した。
「青・・倉田君!?」
「数合わせで出ろ、と言われたんだが・・いったいなんだ?」
倉田は頭をボリボリと掻きながら、清継達をジロリと睨む。・・・いや、本人は見ただけのつもりだが。
驚く一同の中で、リクオは氷麗にさりげなく近付くと、そっと囁きかけた。
「ねぇ、つらら。もしかして青田坊呼んだのって、つらら?」
「はい。人数合わせには丁度良いかと思いまして。いけませんでしたか?」
「いや、いいんだけどさ。知らない奴が来ても困るし。」
「ちょっと、何コソコソ話してるの?」
ヒソヒソ声で話し合っていた二人を目敏く見つけたカナが、不審な目で二人を睨んできた。
「な、何でもないよ!?」
「え、ええ、何でも無いですわ!?」
「怪しい・・・」
どう考えても怪しすぎる。
そう思ったカナがさらに詰め寄ろうとした所で、清継が残った氷麗のチョコを持って3人の間をズカズカと通り過ぎ、そして倉田にチョコを手渡そうと突きだした。
「そういえば倉田君は清十字団の幽霊部員だったね!
丁度いい。残る一つは君のものだ!バレンタインチョコだよ!」
「はあ?」
いったいなんなんだと怪訝な顔をしながら、倉田は困ったようにリクオの顔を伺う。
リクオがコクリと頷くのを見て、倉田もまた頷き返して清継からチョコを受け取った。
清継に促されるまま中身を開けてみれば、そこには器用に作られたチョコレート菓子が入っていた。
「ほう、及川くんも手作りか。なかなか家庭的じゃないか。」
喜ぶ清継の傍らで、島とリクオがジト目で倉田を見ている。
そんなリクオの様子を見て、倉田は『うーん』と冷や汗を掻いていた。
自分はただリクオ様の指示に従っただけなのに、なぜそのような目で見られなくてはならないのだ、と困惑した顔で氷麗に救いを求めたのだが・・・
逆に氷麗の顔を見て、倉田はピクリと思わずたじろいでしまった。
氷麗の顔は笑っているのだが、その目は『チョコを食べるな。』と語っている。
倉田は大きく溜息を吐くと、何か自分に言いたそうにしていた島を押しのけて、リクオの前に包みをズイッと差し出した。
「俺は質より量の方がいいんだ。
なぁ、奴良くん。俺のと交換しちゃくれねぇか?」
へ?とその場に居合わせた全員が口をあんぐりと開け見守っていると、いち早く正気を取り戻したリクオが自分の持っていた物と倉田の差し出した包みとを取り換えた。
「うん、いいよ。」
いつものつもりでニコリと笑いながら、リクオは受取った氷麗のチョコを目の前に持ち上げた。
声は平静を装っているが、目を輝かせ、口元がゆるみ、嬉しそうな様がちっとも隠されていない。
それを見た氷麗もまた、『良かったー』とホッと溜息を付いていた。
その横では、涙目になった島がリクオの持つ氷麗のチョコを見つめている。
「そ、そんなー、俺も交換したかったのに。」
「なんだ、そんなに俺のと交換したいんなら、やってやるぞ。」
「へ?」
自分のすぐ脇で愚痴を言う島に気が付いた倉田は、ならばと強引に先ほど受け取った巻のチョコと、島の持つカナのチョコを取り換えた。
「あ、いやその・・・」
「文句あるか?」
「な、ないです!」
放っておけばリクオのチョコと強引に交換しようとするかもしれない、と気を利かせたつもりの倉田が、強引にチョコ交換したうえに牽制の意味も込めてジロリと睨むと、島は完全に怯えて縮こまってしまった。
『さっき“質より量”と言ったばかりなのに』とあっけに取られる皆を他所に、倉田はすぐに包みを開けると、一口で全て食べてしまう。
「おう、美味いじゃねぇか。」
「あ、ありがと。」
素直な感想に思わず礼を言うカナは、そういえば京都では、と夏のあまり面白くないはずの思い出話を倉田と話し始めた。
ほとんどの者が自分の姿に畏れるというのに、この娘は・・・と少し呆れながらも、倉田もまた自分達の正体がばれない程度に思い出話に花を咲かせた。
これを機に、清継達も自分が手にした包みを開け、チョコを食べ始めた。