まだ日が暮れれば肌寒さを感じる、そんなある日の夕食を終えた頃、偶然にも同じ木の下で散歩をしていたリクオと牛頭丸がばったりと出くわした。
リクオはなんとなく、そして牛頭丸は木に登ろうとしてそこに足を運んだだが、さすがに3代目に対する遠慮というものか、リクオが去るまで牛頭丸はそこでしばらく佇み、リクオが去るのを待っていた。
ところがリクオは立ち去ろうとはせず、そのまましばらく黙って立ち止まっていた。
だんだん居辛い雰囲気が漂い始め、いい加減牛頭丸が痺れを切らし立ち去ろうとした所で、意を決したようにリクオが牛頭丸に声をかけた。
「ねぇ、牛頭丸。」
「あんだよ、3代目。」
「牛頭丸ってたしか、おじいちゃんの代の時には、牛鬼に仕えていたんだよね。」
「ああ、それがどうした?」
何を当たり前の事を、と牛頭丸は呆れた顔でリクオを見た。
そんな牛頭丸に、期待を込めた目を輝かせながらリクオが尋ねる。
「じゃあさ、一つ聞きたい事があるんだけど、いいかな。」
「言っとくが、俺は牛鬼様に仕えていたんだから、お前ぇらの事まで何でも知っていると思うなよ。」
ふんっと鼻息を鳴らす牛頭丸だったが、まるで牛頭丸の言葉など聞いていないかのように、そのままリクオは話し続けた。
「んー、つららの事なんだけどさ。」
「はぁっ?なんでそこで雪ん子が出てくんだよ。」
思わぬ人物の名前に、牛頭丸は虚を突かれ顔を赤くしてリクオを睨みつける。
「実はね、つららのお父さんが誰なのかなー、と思ってさ。」
「なんだ、お前知らないのかよ。」
ハンッ、と鼻でせせり笑う牛頭丸に、リクオはムッとして牛頭丸を睨んだ。
「じゃあ誰か教えてよ。」
「さあな。」
「なんだ、牛頭丸も知らないんじゃないか。」
「違ぇよ。牛鬼様に教えて頂いたんだが、誰も知らないんだとよ。」
「え?なんで・・・?」
「『女には秘密があった方が魅力的なのよ。』って理由らしいぜ。」
「それ、なんか違う・・・」
なんともおかしな・・・だがつららの母ならば言いかねない理由に、リクオはこれでは誰に聞いても無駄だろうと、溜息を吐いた。
牛頭丸もまた、一体誰なんだろうとぶつぶつと独り言をこぼしながら考えているようだ。
そしてその後どういう訳か、いつの間にか二人はつららの父親について、あれこれ勝手な想像を膨らませ話し合い始めていた。
「近い所でいやぁ、青田坊だな。古参だし、雪ん子とも仲が良いんだろ?」
「いや、それはないよ。」
キッパリと真顔で断言するリクオに、牛頭丸もそりゃそうかと頷く。
「まぁ、あんなムサイのじゃなぁ。」
「うんうん、それにもし父親なら、『青』って呼んだりしないだろ。」
「そりゃそうか。」
何気に青田坊に対して酷い事を言っているのだが、まるで気に留める事なく二人の会話は続く。
「黒田坊はどうかな。髪の毛なんか似てない?」
「青田坊と同じ理由で却下だろうが。
たしかあいつの事も『黒』って言って無かったか?」
「そういえばそんな気もするな~。というか、よく知っているね、牛頭丸。」
顔は相変わらずニコニコと笑顔でいるのに、リクオの背後にはゴゴゴゴと畏れが溢れて来ているように牛頭丸は見えた。
「うぐっ・・・気にすんな。」
なんだかヤバイ気がする、と牛頭丸は次の話題を慌てて探そうと思案を巡らす。
「お、そうだ、二代目ってのはどうだ?髪も黒かったしな。
実はお前とは異母姉弟ってやつだ。」
ブーーーッとリクオは盛大に噴き出すと、ゴホゴホと咳こみだした。
やがて軽い呼吸困難からやっと回復したリクオは、キッと睨みつけるように牛頭丸に詰め寄った。
「ば、馬鹿言わないでよ牛頭丸。父さんは狐の呪いにかかっていたんだよ。
雪女との間に子どもが出来る訳ないじゃないか。」
「ちっ、それもそうか。異母姉弟だったら面白かったのに・・・」
牛頭丸は心底残念そうに舌打ちする。
もし異母姉弟なら不戦勝で俺の勝ちだ、などと根拠の無い妄想を、牛頭丸はその胸の内で思いながら。
「・・・なんか言った?」
「いや、何でもねぇよ。」
それを感じ取ったリクオが、再び畏れを纏いながら牛頭丸に笑いかける。
そんなリクオに、『勘の鋭い奴だ』と牛頭丸は再び舌打ちしながら目を逸らした。