「おお雪女か、丁度いい。」
「あら、黒羽丸どうしたの?」
食事の後片付けをようやく終えたつららが、最後のお勤めの為にリクオの部屋へと足を進めていた所を、そのリクオの部屋の方からやってきた黒羽丸が呼び止めた。
「リクオ様がお呼びしていたぞ。」
そう言って黒羽丸は片手を口元に寄せると、クイッと盃で酒を飲む真似をした。
それを見たつららはそれだけで得心したようだが、不思議そうに首を傾ける。
「あら、こんな早い時間から?珍しいわね。」
「ま、まぁそんな事もあるだろう。」
別に黒羽丸の言った事を疑った訳ではなく、つい言葉に出てしまっただけだったのだが、黒羽丸はギクリと体を強張らせ、つい目を逸らしてしまう。
だがそんな黒羽丸の挙動不審な行動を、つららが疑う事は無かった。
やはり普段真面目な黒羽丸なだけに、無条件に信じてしまうのも当然と言えるのだろう。
「ふ~ん?・・・ありがとう黒羽丸。直ぐに準備をするから、リクオ様にお伝えしておいて。」
「ああ、分かった。」
踵を返し晩酌の準備の為に台所へ去っていくつららを見送ると、黒羽丸はホッと胸を撫で下ろし、ある物を用意してリクオの部屋の様子を伺える木の上に飛び移り、そっと姿を隠した。
そっと障子を開けリクオの部屋に入ると、つららはニコニコと冷酒と盃、そしておつまみを載せた盆を肩の高さまで持ち上げ、リクオによく見てもらおうとする。 「つらら、何やってるの?」 だがお盆の向こうから聞こえてきたのは、酒を待ちわびた声でも、つららを労う言葉でもなく、昼の姿のリクオの訝しげな声だった。 「へ?・・・あ、あれ?リクオ様、何をなさっているんですか?」 リクオは勉強机に座り、いつもより多めに出た宿題相手に奮闘中だ。 「え?だってさっき・・・」 慌てて首だけ後ろを向いたつららの目に、庭の木の上に佇む黒羽丸の姿が目に留まった。 それには大きな文字で 『奴良組どっきり〇秘報告』 と書かれていた。 (く、黒羽丸のやつ・・・まさか私を騙すなんて!くう~~~~~!) そういえば昔、人間の番組を真似してこういうのが流行っていた時期があったのをつららは思い出していた。 「つらら、もしかして持って行く場所間違えたんじゃないの?」 体を捻ったままの状態で固まってしまったつららの様子に心配したリクオが、きっと何か勘違いしたのを恥ずかしがってしまったのだろうと声をかける。 「・・・リクオ様!」 いつもは夜の自分に対し『お酒はほどほどに』とか『次の日に学校のある日は、飲まないで下さい。』と口うるさい・・・じゃなくて心配してくれるつららが逆に酒を勧めてくるなんて、とリクオは何があったのだろうかと驚き戸惑ってしまう。 「では夜のお姿になって下さい!」 ズイッと盆を持ったまま迫ってくるつららに、リクオは冷や汗を掻き後ずさる。 「そこを何とかお願いします!」 あっという間に本棚まで追い詰められたリクオに、机の上にお盆を置いたつららがすがりつくように体を寄せ付けて、懇願の眼差しを至近距離でリクオに向けた。 (か、顔が近い・・・うう、そんな目で見つめないでくれ、つらら・・・) ゴキュリと喉を鳴らしたリクオの姿がゆらり・・・と揺れると、次の瞬間には夜の姿へと変化していた。 「まったく、しょうがねぇ奴だな。」 つららは嬉しそうな笑顔を見せると、そのままリクオの体にギュッと抱きついた。
「リクオ様~~~、お待たせしました~~~。」
「見ての通り宿題だけど・・・。」
丁度部屋の奥に居るリクオからは見えない位置にいる黒羽丸は、1枚の大きなプラカードを胸元に掲げていた。
まだ子どもだった自分や三羽鴉達が、お互いに、あるいは協力して大人の妖怪相手にイタズラをしかけては、あのプラカードを見せて笑っていたものだ。
もちろん奴良組の妖怪達の中にも『騙す側』に回る者が大勢いたが、一番遊んでいたのは自分達だったような気がする。
大人の妖怪たちが、子どものやる事だからと、わざと騙されたフリをしていたという事もあるが、実に楽しい思い出だった。
だが昔の事を思い出したためだろうか、つららの心に、このままやられてたまるものですか、と闘争心が湧き起こった。
「な、何?」
「どうか何も言わずにお酒をお召し上がりください!」
「へ?ちょ、ちょっと待ってよ、ボクは中学生だよ。お酒飲んじゃ駄目に決まってるだろ。」
「そんな無茶苦茶な。それに宿題を仕上げないと・・・」
「うう・・・」
「ありがとうございます!リクオ様!」