いたずらっ子 その3

抱き着かれた姿勢のまま、まったく困ったもんだとリクオは小さく溜息を吐く。
もともと頼まれれば受けてしまう、昼の自分は押しに弱いタイプではあるが、まさかこんな無茶なことまで引き受けてしまうとは・・・

「まぁいいか。・・・ところで随分と積極的だな。」
「へ?」

リクオはつららの両肩をぐっと掴んで少し引き離すと、その顔をじっと覗きこむ。

「それにしてもこう身動きが取れないと、つまみだけしか頂けねぇじゃねぇか。」
「あの、リクオ様、つまみって一体何を?」
「まぁ、オレとしてはそれで十分なんだが。」

自分が何をしていたのかハタと気付いたつららが、慌ててリクオの体から身を離そうととしたのだが、がっしりと両肩を掴まれほとんど身動きが取れない。

「り、リクオ様、ちょ、ちょっと待って下さい。
 手を放してもらえませんか?」
「なんだよ、今日のつららは我儘だな。」

ニヤニヤと笑いながら、リクオは自分の顔をつららの顔の至近距離まで近付かせていく。
距離の近さに比例して真っ赤に染まっていくつららの顔を、リクオは楽しそうに眺めていた。

「もう十分望みは叶えてやったんだ。だからもう、これ以上は聞けねぇなぁ。」
「そ、そんな・・・だってまだお酒飲んでないじゃないですか。」
「そうだったか?」

おやおかしい、とリクオはわざとらしく肩を竦めると、つららの頭の後ろに片手を回した。

「ひゃっ・・・や、止め・・・」
「ちゃんと後で飲むよ。たまには先につまむのもいいだろ?」

リクオの吐息が直接つららの口に感じるほど二人の顔が近付き、つららはこれから起こる事を想像してギュッと目を瞑った。

「リクオ様、お風呂が沸きましたので・・・ってうわっ!?」

さあいよいよ・・・と思っていた所で突然聞こえてきた声に、リクオはチッと舌をならす。
そしてつららから顔を放すと、声の主・・・首無を睨みつけた。

「リクオ様、まだ時間も早いのに・・・じゃなくて、何やっているんですか。」
「全くタイミングの悪い奴だな。人の恋路を邪魔する奴は・・」
「はいはい、馬に蹴られないよう気を付けます。」

リクオが凄んだ所で全く怯む様子を見せないばかりか、首無は笑顔のまま有無を言わせぬような口調で話し続けた。

「でも流石にそれは感心しません。リクオ様にはまだ早すぎます。
 ほら、雪女も離れなさい。」
「さ、さっきからそうしようとしているわよ。」
「ほら、リクオ様。雪女もこう言っておりますし、良い男というものは無理強いしないものですよ。」
「ぐ・・・」

そんなの人それぞれだろ、と言い返したいところだが、つららが絡むとこの男は妙に説教臭くなるうえにしつこくなる。
過保護な親というのはこんなものだろうかと思いながら、つららもまた自分が絡むとこういう感じになっているような気がするなと考えてしまう。

「リクオ様、どうぞお風呂にお入り下さい。私はここで待っていますから。」
「あ・・・」

つい考えこんでしまい力が抜けてしまったのだろう。
いつの間にかつららが自分の腕を振りほどき、さっと首無の背中に隠れ顔だけ出してこちらを見ていた。

「という事は、風呂上がりに続きってことかい?」
「はい!」
「へ?」

てっきり顔を真っ赤に染めて、激しく首を振るなり首無の背後に完全に隠れるなりすると思っていたのに、満面の笑みを浮かべ『はい』ときたものだ。
完全に虚を突かれ茫然としたリクオと、そして何て事を言うんだと驚く首無を尻目に、つららはクスクスと笑いながら言葉を続けた。

「お風呂を上がって部屋に戻ったら、晩酌致します。
 お酒を飲んでくれるって、約束しましたよね?」

なるほどそういう事かと、目を丸くしたリクオの口から笑い声が漏れだす。
首無の方も、まぁそれなら構わないか、とこれ以上小言を言う気が失せたようだ。

「ああ分かった、約束だからな。ただし、俺が風呂から上がるまでに、もう一人分用意しておけ。」
「もう一人分ですか?」
「ああ、お前も少し付き合え。分かったな?」
「はい、リクオ様!」


その後、部屋に戻ったリクオに嬉しそうに晩酌をしていたつららが、ふと部屋の外を向くと・・・突然『べぇ~~~』と舌を突きだした。
それと同時にバサバサバサ・・・と庭の方から羽音がしたかと思うと、何やら鈍い音と共に「痛っ!」とどこかで聞いた男の声がした。

「おい、つらら・・・今のはいったいなんだ?」

いきなりの行動に呆気にとられたリクオが、何事も無かったかのように盃に酒を注ぐつららに尋ねた。

「なんでもありません。
 ふふ・・・でも、今回は私の勝ちですね。」
「は?ん、まぁそうかもしれねえな。」

リクオは、つららが自分に酒を飲ませることに成功した事を指しているのだろうか、と思いながらとりあえず相槌を打つ。

「はあ~~~~。なんだか久しぶりに楽しかったです。」
「おいおい、最近は俺との付き合いばかりで楽しく無かったってのか?」

何時も心の底から楽しんでいるようにしか見えなかったのだから、別の意味があるのだろうとは予測がつくが、ついついリクオは意地悪く質問してしまった。

「あ、いえ、申し訳ありません。
 そういう意味では無く、子どもの頃みたいで楽しかった、ということです。
「ふ~ん?まぁ、なんだか解かんねぇが、良かったな、つらら。」
「はい!」

ペカーッと満面の笑みを浮かべるつららの向こうの中庭にある茂みの中では、黒羽丸がムスッとした顔で二人の様子をじっと見続けていた。


その2 その4