「あれ?つららは何処行ったのかな・・・」
休日とはいえ自分を起こしに来なかったつららが何となく気になって、リクオは朝食後、つららの姿を探していた。
本当は朝食の時に何故来なかったのか聞こうと思っていたのだが、いつもと違い畏まった様子で終始俯いており、ほとんど喋ることも出来なかった。
「あ、首無。つらら見なかった?」
「え?ゆ、雪女ですか?さ、さあ?」
冷や汗を掻き目を逸らしながら答える首無を見て、リクオは何か嫌な予感がしてきた。
何やら首無が自分の行く手を遮っているような不自然な動きをしているのも、リクオの不安感をさらに増幅させた。
「ねぇ首無、向こうに何かあるの?」
「いえいえ何もありません。」
「ふーん・・・じゃあちょっと行ってみようか。」
「な、何もありませんよ!雪女を探すなら、あちらを探されてはどうですか?」
「あっちはもう探したよ。何も無いなら行っても構わないよね?」
「う・・・」
ばれてる・・・と首無が無い首を竦め目を逸らす。
その隙をついて、リクオはするりと首無の脇をすり抜けると、足早に中庭の方へと向かった。
「あ、リクオ様!」
後ろから首無の慌てた声が聞こえてくるが、リクオはその声に耳を傾けることもなく、ずかずかと歩いていった足を・・・突然ピタリと止めた。
「え?あれって・・・黒羽丸?」
リクオが茫然と見つめる先には、中庭に面した縁側に佇むつららと、同じく縁側で横になって寛いでいる黒羽丸の姿があった。
問題なのは、その黒羽丸の頭が、つららの膝枕の上に載っているという事だ。
しかもつららは楽しそうに鼻歌を歌いながら、黒羽丸の耳掃除をしている。
リクオにとってそれは信じ難い光景であり、まるで胸の中を重いハンマーで打ち抜かれたような衝撃を覚えた。
リクオが衝撃シーンを目撃するほんの少し前、つららと黒羽丸は今後の特訓のことで打ち合わせをしていた。
まずは歌うことで発動しているはずの畏れを分析し、それからコントロールする為の特訓をどうすれば良いかを決める、という事で話はまとまった。
問題は、『主に呪いをかけていたかもしれない』という不祥事を知られること無く、どう自然に畏れの分析を行うかだ。
「でも歌なんて、洗濯物を干す時とか、調理の時とか、普段は家事の時ぐらいしか歌ってなかったと思うんだけど。」
「それだと私が側で聞いているのは不自然だな。」
「そうなのよ。どうすればいいと思う?」
「ふむ・・・」
黒羽丸は暫らく目を瞑って考えると、ぽんと拳を打ち目を開いた。
「そうだな、膝枕をするというのはどうだ?」
「膝枕!?どうして!?」
「膝枕なら、私は寝ているのと似たような状況になるし、耳掻きでもすれば不自然でもないだろう。」
「・・・なるほど、それもそうね。」
二人にとっては年が近い事もあって昔から仲が良く、膝枕も一緒に遊んでいた頃の延長のようなものに感じていた。
だが成人してからは互いの役目のせいもあって、一緒に居るどころか会話する機会もずいぶんと減っていた為に、周囲の者達からはつららと三羽鴉は『子どもの頃は仲良しだったが、今ではそうではない』と思われていた事を、この時二人はすっかり忘れていた。
実際のところは、主に三羽鴉のシフトの関係で、自然と人目につかない時間や場所となってしまっているだけで、今でも機会があればいつも話をしていた。
もちろん昔に比べれば格段に話す機会が減ったが、つららと三羽鴉にとっては、今でも『仲良し』のままである事に変わりはない。
「リクオ様の耳かきをする事もあるし、歌った事もあるわ。それなら上手く誤魔化せそうね。」
「よし、ではさっそく始めようか。」
「頼むわよ、黒羽丸。」
こうして場面はリクオが衝撃を受けた時間へと戻る。
「む・・・雪女、畏れを感じるぞ。」
つららの膝枕に頭を載せて気持ちよさそうに目を瞑っていた黒羽丸が、畏れを感じ取り目をカッと見開かせた。
「え!?やっぱり呪いか何かなの!?」
黒羽丸の言っていた呪いが本当だったのかと不安を感じたつららが、歌うのを止め顔を屈めて黒羽丸の頭を掴むと、ぐるりと半ば強引にその顔を自分と向き合わせた。
「痛いぞ雪女。」
「あ、ご、ごめん黒羽丸。・・・!!」
今度はつららにもはっきりと分かるほどの畏れが感じられる。
だがその事に、つららはだけでなく黒羽丸も同時に首を傾げた。
「私、今歌ってないわよね。」
「ああ。それにどうも畏れを感じる位置が離れているように思うが。」
二人して同時に畏れを感じる方を向いてみれば、まるで睨みつけるようにこちらをじっと見ている仁王立ちのリクオの姿があった。
「も、もしかして呪いの事がばれた!?」
「お、落ち着け雪女。まだそうと決まった訳ではない。」
再び互いに顔を向き合わせて、主にばれないよう顔を近付け互いの耳元でヒソヒソと話をした途端、さらに強い畏れを二人は感じとった。
「や、やっぱりばれてる!」
「とりあえず今はこの場を退くんだ。起き上がるぞ。」
「う、うん。」
いかにもわざとらしく欠伸をしながら黒羽丸は起き上がると、ぎこちなくつららに「ありがとう雪女。」と言って、素早く飛び立っていった。
つららもまたぎこちない笑顔で黒羽丸を見送ると、わざとらしく「そういえば頼まれていた仕事があったわ。」と聞えよがしな独り言を呟くと、そそくさとその場を去っていった。
その場には、がっくりと膝をつきうな垂れるリクオの姿と、どう言えばよいのだろうかとオロオロする首無の姿だけが残されていた。
その1 その3