あれから1週間が経ち、奴良邸ではある変化が起きていた。
サングラスを掛け何時もとは違うマフラーを身に纏ったつららが、キョロキョロと奴良組の門の前で周囲を伺うと、タタタタタ・・と駆けだしていく。
そしてほぼ時を同じくして、トサカ丸のサングラスを借り何時もとは違ってラフな格好をした人間の姿の黒羽丸が、裏門からササササ・・・と走り去っていた。
「あれは、変装しているつもりなのかな?」
「さあ・・・おそらくそうだと思いますが。」
首無と共につららの後を付けるべく柱の陰に隠れていたリクオが、ひょっこりと首を出した。
呆れた顔をしていながらも、目付きは鋭いし、よく見れば口元が少し引き攣っている。
それもそうだろう。
つららが黒羽丸に膝枕と耳掃除をしていたあの日の午後から、2日に1度の割合でつららと黒羽丸が同時に、しかも下手な変装までして奴良邸から何処かへ出かけているのだ。
誰かが行く先を尋ねても、二人とも言葉を濁すだけでその場を立ち去ってしまうし、膝枕の件もあってある噂が持ちあがるようになっていた。
「あの・・・リクオ様、あまり思い詰められないほうが良いかと思うのですが。」
「何が?」
「う・・・」
青筋の入った笑顔でリクオが首無を睨みつけると、首無は言葉を失い目を逸らす。
確かにここ最近の二人はおかしいし、ああいう噂が立つのも仕方が無いと言える。
だがまさか雪女に限ってそんな事はないと、首無は思っているのだが、主にとってはそういう噂が立つだけで冷静な判断力を失ってしまうようだ。
さてどうしたものかと首無が頭を悩ませていると、その『噂』が聞こえてきた。
「おいおい見たか、また雪女と黒羽丸が一緒にいなくなったぞ。」
「ああ、これで何度目だ?」
「やっぱ二人って出来てんのかな・・・ちくしょう、黒羽丸の奴め上手くやりやがって。」
「でも雪女って確か・・・」
「いやいや、お前見てないのか?先週の朝、リクオ様の部屋から黒羽丸が雪女を強引に連れ出して、その後何したと思う?」
「何だよ。」
「あ、俺知ってる。キスしてたんだろ?」
「そうそう。」
「えーー、マジかよ!」
「ホントだって、しかも雪女の方かららしいぜ。」
バキッ
「な、何だ?」
噂好きの妖怪達が大きな音のした方を恐る恐る見てみれば、柱を握り潰したリクオが強烈な畏れを放ちながら自分達を睨みつけていた。
「ひぃ、り、リクオ様!?」
「じょ、冗談ですよ、はは・・・は。」
「逃げろ!」
ぴゅうっ!と妖怪達はあっという間に屋敷の奥へと逃げてゆき、リクオと首無だけがその場に残された。
「あの、リクオ様。」
「・・・なに?首無。」
ギギギと擬音を鳴らしながら首を捻ってこちらを睨んでくるリクオに、首無は『どうしてこの場に自分が居合わせてしまっているのだろう』と己の不幸を呪いながら、下僕としての責務を果たすべく言葉を紡いだ。
「雪女と黒羽丸の姿が見えなくなってしまいましたが。」
「ウソ!?」
しまったー、と頭を抱えよろよろとその場に崩れ落ちるリクオを見て、首無は盛大に溜息を付いた。
「雪女、ほんとうにお前はいったい何をしているんだ?」
こんな情けない主の姿を、いつまでも皆に晒しておくわけにもいかないと、首無はあの手この手でリクオを上手く宥めて自室へと引き返らせた。