よく晴れた気持ちのいい朝、モーデ○アル学園に今日も新たな新入生が訪れた。
背が低く愛嬌のある顔はクラッズ特有のもので、興味深げにキョロキョロとこれからの学び舎を眺めていた。
「リクオ様、どうされました?何か珍しいものでも?」
「ん?いや、なんでもないんだつらら。
ただ、今日からここに住んで、勉強するんだなーって思うとさ。」
「今まではお屋敷住まいでしたからね~~。」
リクオと呼ばれたクラッズの男の子のすぐ後ろには、この辺ではあまり見かけない東方の大陸の衣服の一つである小紋を着た、可愛いヒューマンの女の子が控えていた。
つららと呼ばれたその女の子もまた、目をキラキラと輝かせながら学園の校舎を見ている。
その目をリクオの方へと向けると、少し困った様な顔をしながら問いかけた。
「ところでリクオ様、どうして『殿様』学科を専攻為さらなかったのですか?リクオ様なら無条件で選べるはずですよ。」(注:実際には選べません)
「ボクに殿様は荷が重すぎるって。だいたい家にいるのが嫌で飛び出してきたのに、どうしてわざわざ殿様学科を選ばなきゃいけないのさ。」
実は彼は、東方の大陸で400年もの歴史を持つ『奴良家』の跡取りだ。
もっとも彼自身は、親から与えられた家督を継ぐよりも、自分で道を切り開いたいと冒険者育成機関へと入学することにしたのだった。
東方の大陸にも似たような学校があるのだが、そこだと特別扱いされるのが目に見えていた為、遠く離れたこの学園を選ぶという徹底ぶりだ。
「そ、そんなこと言わずに、ほら、騙されたと思って選んでみてはどうですか?」
「選んだら間違いなく騙されたことになるよね。」
せっかくここまできて、どうして『殿様』学科など選べるものか、とリクオはジト目でつららを睨む。
「うっ。そ、そんな事ありませんよ?きっとリクオ様にお似合いだなーと思ってお勧めしただけですから。」
「あー、もうその話しは無し。いい、つらら。」
「はい・・・」
またもや説得に失敗してしまったと、つららはしゅんとして顔を下げる。
彼女は屋敷住まいのリクオのお付きの侍女で、年が近いという事もあり、幼馴染のように一緒に育ち、いつも一緒に遊んでいた。
リクオの出奔計画にいち早く気が付いたつららは、周囲を巻き込みつつなんとか『留学』という事で屋敷の者達とリクオの言い分を上手く落ち着かせ、そして自分自身も同じ学校に入学してついて来ることになったのだった。
「そういえばつらら、よく同じ学年に入学できたね。」
「御存じないのですか?この学園は年齢や性別に関係なく同じ条件で入学できるのですよ。
ですから同じ年に入学した私も、リクオ様と同じ1年生です。」
「ふうん・・・まぁ、その方が都合がいいか。」
「はい。私にとっては好都合です。」
「いや、まぁ・・うん、そう言う事にしておこっか。」
「??」
つららが一緒に来る事は、『留学』の条件の一つであった。
彼女が側にいれば、屋敷にいた頃のように世話を焼く事は目に見えていたのに、リクオはその条件を飲んだのである。
リクオとしては、生まれた時からずっと一緒にいる彼女と離れることには流石に抵抗があったのだが、まさか自分から連れていくなどとは言えず、逆につららの申し出は渡りに船だったという訳だ。
もっとも、その事を彼はこの後少し後悔することになる。
「転入手続きも済ませておきましたので、お部屋に参りましょうか。」
「あ、もうやっておいてくれたんだ。ありがとう、つらら。」
「いいえぇ、どういたしまして。さ、こちらですよ。」
つららに案内された部屋は、個人の部屋としては広いものであったが、実家の屋敷でもそれなりに広い部屋で過ごしていたリクオにとっては、それほどのものとは感じなかった。
大きな違いは畳みが無く、代わりにベッドがあるということだろうか。
奥へと続くいくつかの扉は、もしかしたらシャワー室やトイレかもしれないと、リクオは出発前に詰め込んで来たこちらの文化を思い起こしながら考えていたのだが・・・
「ではリクオ様、私はこちらの部屋を使いますので。」
「あ、うん・・・って、ええ!?」
つららが開けたのは、この部屋の出入り口ではなく、リクオがシャワー室かトイレだろうと思っていた扉の一つ。
リクオが驚きの声をあげた事に、つららは一体何事だろうと、扉を開けたまま不思議そうな顔をして振り返った。
「つらら!そこ違うよ!隣の部屋じゃないの!?」
「え?ですから隣のお部屋ですよ?」
ここに到着する前に、つららはリクオに自分の部屋はすぐ隣だと告げていた。
だからてっきり隣の個人部屋だと思っていたのだが、どう見てもつららが入ろうとしているのは同じ部屋の別室である。
「そこは『隣』じゃないだろ?同じ部屋の中だって!」
「何を言っているのですかリクオ様。扉がこうしてあるのですから、『隣の部屋』であっていますよ。」
ああ、これは本気でそう思っている・・・とリクオはつららの顔を見てがくりと膝を付いた。
時々とんでもない勘違いをする事はあったけど・・・まさかこれほどの勘違いをするなんて・・・。