お見合いをぶち壊せ! ~4

うーん、と氷麗の部屋で相も変わらず悩んでいる側近達。
短い沈黙の後、首無が思い付いたように、一人の妖の名を上げた。

「黒羽丸がダメなら、トサカ丸でどうだ?」
「なるほど、雪女との位置関係は黒羽丸と変わらねぇし、黒羽丸と違って融通も利くからな、あいつは。」
「良い考えなんじゃない?」
「という事は、先程と同じ展開という事か。」
「トサカ丸ねぇ・・・」

 

 


カコーーーン

静かな茶室に、中庭からししおどしの甲高い音が鳴り響く。
何時もとは違う薄紅色をベースとした華やかな着物に身を飾った氷麗が、一人の男の妖と互いに正座して向かい合っていた。
彼にしても派手さこそはないが紋付き袴の正装で身なりを整えており、緊張した面持ちで氷麗が準備しているかき氷を、固唾を飲んで見守っていた。
手から吹き出したきめ細かな氷で・・・

 

「ちょっと待ってよ。さっきから気になっていたんだけど、どうして見合いの席でかき氷なの?
 その手の部屋なら、お茶を点てるんじゃない?」

この話になった時に思っていた事を氷麗が口にすると、首無たちは互いに顔を合わせ、この日何回目かになる溜息を吐いた。

「雪女、お前抹茶を点てる事なんて、できんのか?」
「う・・」
「言っとくけど、凍らせたら失格よ。」
「そ、そうなの!?」

ただでさえ嫌々ながら引き受けるお見合いなのだし、芝居をするともなれば緊張の度合いもかなりのものだろう。
ましてや失格だなどという事を聞けば、益々緊張して上手くいくとは到底思えない。

「我々にとってはぬるくても、お前にとっては十分溶けてしまう程の温度だったと思ったが。」
「いや、逆にそこでボロを出して、相手を呆れさせるという手もあるぞ。」
「ちょ、ちょっと黒、そこまで酷くは・・無いと・・・思うけど・・・。」
「その手もあるわね。この際だから、わざと酷くやっちゃったら?」
「あ、それ面白そうだね。まぁ、何時も通りでも良いような気もするけどさ。」

その手もあったかと、今度は如何にして氷麗のドジさ加減を大げさにアピールするか、で話が持ち上がり始めた。
もろちんそんな不名誉な話で盛り上がるというのは、氷麗にとって非常に恥ずかしい事だというのに、いくらでも湧いて出てくる氷麗のドジの目撃談に、文句を言うよりはそれほどまでに自分は情けないのかと、氷麗は恥ずかしくなり顔を両手で覆って縮こまってしまった。

 

一体何時までこの話しが続くのかと氷麗が思っていると、この場に居るはずのない、そして最も居て欲しくない人物の声が、突然耳元から聞こえてきた。

「随分と面白そうな話しで盛り上がっているじゃねぇか。」
「り、リクオ様!?」

氷麗の叫び声に皆がギョッとして声のした方へと振り返ってみれば、腰をかがめて氷麗の背後からその右肩に顎を乗せている夜の姿のリクオがいた。
その左手は氷麗の左肩をしっかりと掴み、良く見ればその整った顔のこめかみに何本かの縦皺が寄っている。

ああ、これはもう間違いなく見合いの話がバレている、と側近達は固唾を飲んで主と氷麗の反応を見守るしかなかった。

「い、いつから其処に!?」
「さあ、何時だったかな?青と付き合っているとかなんとかって辺りだったか?」
「そ、それは芝居の話ですよ!?」
「ああ知ってる。黒羽丸の話しもそうだよな。」

氷麗は先ほどから気が気では無い。
その表情も、声も、自分の肩を掴む手の力加減も、どれもが主が怒っている事を示している。
側近でありながら、見合いという大事なことを黙っていた事を怒っているのだろうかと、少しズレた結論に辿り着いた氷麗は慌てて身を翻して平伏して謝ろうとしたのだが、リクオに左肩ばかりでなく右腿まで手で押さえつけられ阻まれてしまった。

「なんで逃げようとしてんだ?」
「ち、違いますよ!私は只、謝ろうとしただけです!」
「ふーん、謝るような事でもしたのか?」
「だってそれは、リクオ様が怒っているから・・・ハッ。」

体の動きを封じられ、氷麗は顔だけリクオの方に向けていたのだが、ここでようやくリクオの顔が自分の直ぐ傍・・・それもあとちょっと顔をずらすだけで唇が触れてしまいそうなほど・・・である事に気が付き、ボンッと頭から湯気が上がったのではないかと思えるほど突然顔を真っ赤にして体を固まらせた。

「・・・氷麗?」
「り、リクオ様、か、顔が・・・」
「・・・なんだ、どうしたんだ?」

氷麗が突然固まった理由に気が付いたリクオは、顔を傾け氷麗の耳にわざと自分の唇を掠めさせながら囁く。
その事に耳先まで真っ赤になった氷麗を見て、リクオはニヤリと笑った。

「ほら、黙ってるとわかんねぇぞ。」
「あ、いえ、その・・・」

耳に感じる息吹が、直接響く囁く声が、そして掠める唇が気になって、氷麗はもはや何も考えられなくなってしまっていた。

「コホン・・・」

リクオはもっと氷麗で遊んでいたかったのだが、遠慮気味に出された首無の咳払いに、やれやれと肩を竦めて氷麗の耳元から顔を離す。
どうせなら気を利かして部屋を出ていけばいいのに、とリクオは口を尖らせて融通の利かない側近達を恨めしそうに睨みつけた。

「リクオ様、今は大事な話の最中にございます。」
「あー、そういやそうだったな。」

そう言いながら、リクオはその場に胡坐をかいて座ると、ホッと一息ついていた氷麗をグイッと自分の胡坐の上に引っ張り乗せた。

「り、リクオ様、何を!?」
「見合いの事なら、適任がいんだろ?」
「・・・誰ですか?リクオ様。」

何か嫌ーな予感がすると首無は冷や汗をかく。また何かとんでもない事を言い出そうだと。
そしてその予感は見事に的中した。

「俺に決まってんだろ?他に誰が居るってんだ。」

そう言いながら、リクオは膝の上で縮こまっている氷麗にギュッと抱きついた。

「リクオ様、それはダメです。」
「こんな事でリクオ様を煩わせたとあっちゃあ、側近の恥でさぁ。」
「大事な側近頭の事なんだ、これぐらい当然だろ?」

氷麗に抱きつく感触を楽しみながら、リクオはつまらない事を聞くな、と言わんばかりに青田坊達に一瞥をくれる。

「ですがリクオ様が出られては、芝居では済まされない事になりますぞ。」
「そうですよリクオ様ぁ、まぁあたしは構いませんがね?」
「そうかもしれないけどさ、毛倡妓。ほら、一応反対しておかないと。」

元々氷麗を応援している毛倡妓は、むしろリクオが『芝居』で同行する事に賛成する側に回った。
そして河童は『もう面倒』というのと『どうせリクオ様に知られたんだから何しても結果は同じ』と、完全にやる気を失っている。

「おい、毛倡妓、河童、一応じゃないだろ。
 リクオ様、ほんとうに冗談ではすみませんから、どうかここは我らにお任せ下さい。」

首無が真剣な顔でリクオに嘆願するのだが、当のリクオは何時ものように飄々とした様子を崩さずにさらりと答えた。

「お前等、俺を誰だと思っていんだ。あのじじぃの血を引いてんだぞ?
 その辺はのらりくらりかわしていきゃあ、皆すぐに忘れちまうし、記憶にも残らねぇよ。」
「そ、そういうものですか!?」
「ああ、そういうもんだ。」

あまりにも自信たっぷりに言い放つリクオの態度に、氷麗はもちろん他の側近達も『きっと大丈夫なのだろう』と納得してしまった。
それこそがぬらりひょんの特性によるものなのだという事に気付く事もなく・・・


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