お見合いをぶち壊せ! ~5

カコーーーン

静かな茶室に、中庭からししおどしの甲高い音が鳴り響く。
何時もとは違う白に薄青色のグラデーションのかかった淑やかな着物に身を飾った氷麗が、一人の男の妖と互いに正座して向かい合っていた。
彼にしても派手さこそはないが紋付き袴の正装で身なりを整えており、緊張した面持ちで氷麗が準備しているかき氷を、固唾を飲んで見守っていた。
手から吹き出したきめ細かな氷でかき氷を盛り終えると、氷麗はぎこちない手つきで餡を添え抹茶を掛ける。
そしてスッと氷鉢を差し出すと、目の前の男にお辞儀をした。

その男の妖・・・氷麗の見合い相手・・・も氷麗に対してお辞儀をすると、氷鉢を手に取りかき氷を震える手でそっと食べ始める。
かき氷を食べる妖の隣には、仲人として彼の組の相談役がいるのだが、二人とも先ほどからどうにも落ち着きが無い。

彼の目線は、二人と氷麗の仲人の間を忙しなく動いていた。

「何かお気になりましたか?」
「い、いえ、その、仲人には鴉天狗様が来られると聞いていましたのに、まさか奴良組三代目自らが来られるとは思ってもいなかったので。」
「ははは、ボクの大事な側近頭の見合いなんだ。他の奴に任せるなんて、出来る訳ないよ。」

見合い相手とその仲人の間に緊張が走る。
3代目が自分の世話役だった雪女を側近頭に取り上げるほど気に入っている、というのは知っていたが、まさか見合いの席にまで出て来るほどとは。
普通、仲人というのは既婚者がなるものであり、どうしてもという場合でも年配者がなるのが普通だ。
いくら直接の主だからと言って、リクオが出てくるというのは明らかにおかしい。

もしかして、噂は本当の事だったのではないかと、もしそうならとんでもない事をしてしまった事になるのではないかと、二人は心の中で鴉天狗に恨み事を吐きながら、リクオの一挙一動に気が気では無かった。

余談ではあるが、当の鴉天狗はリクオの策略で高尾山へと送り込まれ、そこで簀巻きにされていた事をこの二人が知る由もない。

「あ、あの、それではそろそろ私たちは席を外しまして、お二人で話し合って頂こうかと思うのですが。」

その場にいる事に耐えられなくなった相手方の仲人が、まだロクに話しもしていないというのに、とにかくこの雰囲気から逃げ出したいと、早くも退出をリクオに促してきた。

「どうして?まだ早いでしょ。
 それに、氷麗と二人きりにさせるなんて、とんでもない。」

ニッコリと笑いながらも、目は完全に見合い相手を鋭く居抜いている。

「と、申されますと、その・・・。」
「ああ、勘違いしないで。ボクの側近頭はこう見えて結構そそっかしくてね。
 二人きりになって緊張でもして、うっかり粗相してしまわないか、それが心配なんだ。」
「そ、そうですか。」

にこやかな笑顔でもっともらしい事を言ってはいるが、その真意は別にあるようにしか二人には聞こえなかった。
リクオの様子に気付いていないのは、抹茶かき氷作りの為にリクオより少し前に座っている、その表情を見て取れない氷麗ぐらいなものである。

「リクオ様、そそっかしいとはどういう事ですか。」
「そのまんまの意味だよ。」
「確かに失敗することもありますが、そう滅多な事ではありませんよ。」

さすがに振り返ってリクオに抗議した氷麗であったが、その事はリクオにとっては織り込み済みなのか、つららが振り向くよりも早くいつもの笑顔に戻り、そして先ほどとは逆に、今度は表情は澄ましたまま目は実に楽しそうに笑い、諭すように氷麗に返事をした。

「だってこの前一緒に登校していた時も、オレンジ色の鳥に見惚れて転びそうになったじゃないか。」
「う・・・あ、あれはその、急に飛んできたから妖の襲撃だと思ってしまって、その・・・」
「ふ~~ん?そうだっけ?今年はもう来たんだとか言って喜んでなかった?
 ま、転ぶかもしれないと思って手を繋いでおいたから大丈夫だったけどさ。
 氷麗ってほんと、危なっかしいよね。
 ところで、他にも色々あるけど、どれを言って欲しい?」
「リクオ様!それ以上何か言うつもりなのですか!?お見合いの席ですよ!?」

望まぬ席とはいえ一応お見合いなのだ。自分の恥を晒すような事を、なぜ行うのか。
まさか皆が言っていた『ドジさ加減を大げさにアピールする』作戦に出たのではないかと、氷麗は気が気では無い。

なにせリクオの様子は、まるで何時ものイタズラの時のように、楽しんでいるようにも見える。

そして悲しい事に、主の前では張り切り過ぎてしまう為か、その手の話題には事欠かないほどのことを、氷麗は何度もしでかしていた。

「ああ、そういえばそうだったね。ん~~、じゃあ他に何話そうかなぁ。
 ・・・あれ?せっかく氷麗が作ってくれたかき氷、溶けちゃっているよ。」
「え?あ、ああ!申し訳ございません!」

リクオと氷麗の掛け合いに気を取られているうちに、氷麗が作ったかき氷が半分ほど溶けてしまっていた。
失礼な事をしてしまったと・・・いや、本当に失礼なのは見合い相手を無視して話を続けていたリクオの方ではあるが、見合い相手の妖は慌てて両手を付いて頭を下げる。

「まぁまぁ、そんなに気にしないで。この部屋ってけっこう温かいから仕方がないよ。」

ニコニコと笑い続けるリクオに、妖達はホッと胸を撫で下ろした。
が、それは続くリクオの一言で、心臓まで完全に凍り付かされる事となる。

「でも、これだと氷麗にとってはあまり心地良くないだろうねぇ。
 その程度の配慮も出来ない奴が、ボクの氷麗と何がしたいって?」
「ひ・・・」

顔は穏やかなままなのに、最後の台詞の明らかにドスの利いたその声に、見合い相手の妖は短く叫び声を上げると共に後ずさった。

「ボクならそんなドジは踏まないなぁ。
 確かに氷麗はこんな事で文句を言ったりしないと思うよ?
 でもさ、ほんと、氷麗って自分の事を顧みない所があるから、その辺はちゃーんと気を付けないと。」
「あ、あの、リクオ様?」

氷麗はリクオの豹変に驚きを隠せない。
リクオは完全に相手を威圧して畏れさせている。
しかも、その理由が氷麗にとってはほんの些細な事であるというのに。

氷麗にしてみれば、周りが自分に合わせて部屋の気温を調整する方がどうかしているのだ。
なにせ雪女の領分から飛び出てきたのは自分の方なのだから、それが当然ではないかと氷麗は思う。
ましてやリクオの居る場所であるのなら、自分に合わせるなどというのは完全に論外であった。

「氷麗は黙ってて。」
「は、はい。」

氷麗が何を言おうとしているのかを察知したリクオが、先んじて氷麗を黙らせる。
リクオは再び見合い相手の妖を睨むと、氷麗を自分の側にぐいっと引き寄せた。

「氷麗の事を一番大事に出来ないような奴に、嫁にやれるわけ無いだろ?
 少なくとも、ボク以上にそれが出来るようじゃなきゃ、話しにならないね。
 というか、ま、そんな奴いるわけないけどさ。」

リクオの鋭い眼光に、見合い相手の妖は蛇に睨まれた蛙の如く、氷麗を抱き寄せたリクオから視線を逸らす事も出来ず、ただただ何度も頷く事しか出来なかった。


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